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ウィルキー・コリンズ/北村みちよ訳「ウィルキー・コリンズ短編選集」(彩流社)-「月長石」で《探偵小説の父》と呼ばれる英国ヴィクトリア朝時代の作家によるミステリアスでユーモラス、そしてハートフルな5つの物語

ウィルキー・コリンズ短編選集

ウィルキー・コリンズ短編選集

 

 

本書の訳者である北村みちよさんとは、Twitterでちょいちょい会話させていただいている。そのご縁と、北村さんが作った「#翻訳者POP」に惹かれて本書を手に取った。

私が、ウィルキー・コリンズの作品でまず思い浮かべるのは「月長石」なのだが、実を言えば読んだことがない。読みかけたことはあるのだが、どうにも重厚長大で途中で挫折してしまった。

本書は、ウィルキー・コリンズの短編作品の中から、訳者の北村さんが選んだ5作品が収録されている。

 

第1話 アン・ロッドウェイの日記
第2話 運命の揺りかご
第3話 巡査と料理番
第4話 ミス・モリスと旅の人
第5話 ミスター・レペルと家政婦長

それぞれの作品についての解説は、訳者あとがきに詳しい。なので、私としては《はじめてのウィルキー・コリンズ》体験で感じたところを記してみたい。

「アン・ロッドウェイの日記」は、友人の不審死の謎を解明し彼女の無念を晴らしたいと行動を起こすヒロインを描く。主人公アンの日記の形で記される物語は、ストレートな探偵物語なのだが、読んでいると疑心暗鬼に囚われる。というのも、心の中でアン・ロッドウェイという語り部を疑惑の目で見てしまうからだ。自分でも穿った見方をしていると思うのだが、

もしかして、死んだメアリーとアンはどこかのタイミングで入れ替わってるんじゃないのか?
実はアンがメアリーを殺したんじゃないか?

という疑惑が浮かんできてしまうのである。で、実際のところはどうなのか? それはネタバレになるので割愛。

「運命の揺りかご」は、航海中の船の中で起きた出産のドタバタを描く。まったく同時に産気づいてしまった富裕層の女性と下層の女性。それぞれの赤ん坊は無事に産まれたのだが、そこで事件が起きる。同じ揺りかごに寝かされた二人の赤ん坊のどちらがどちらの子どもかわからなくなってしまったのだ。“赤ん坊の取り違え”というシリアスな題材だが、巻き起こるドタバタと思わず「オイオイ!」と突っ込みたくなる解決方法で笑わせてくれるユーモア小説。

「巡査と料理番」は、死期を目前にした元巡査の懺悔の記録だ。彼がまだ若いときに担当した殺人事件。夢遊病の妻が夫を刺殺したとされるその事件を捜査する中で、巡査は事件の起きた下宿屋の料理人をしているプリシアと恋に落ちる。ふたりは結婚を誓うが、その行く末にはある悲劇が待ち受けていた。老いた巡査が死ぬ前に懺悔しておきたいこととは何か。彼の心情を慮ると切なくなる物語だ。

「ミス・モリスと旅の人」は、実にオーソドックスなラブストーリーと感じた。貧しい家庭に育った娘が、ある日現れた富豪にその才覚を認められて支援を受け、学校に通えるようになる。成長した娘は、富豪の庇護の下から離れ家庭教師のしての職を得る。そして、ひとりの若者と知り合う。これまでの3作品と比べると殺伐としたところはなく、若き二人が互いに意識し合いながらも素直になれない感じなんかは、いまの若い読者でも共感できるところがあるのではないだろうか。あ、ちなみに私は若くないので、むしろ若い二人を微笑ましく見守る大人の立場で読んでいました。

「ミスター・レペルと家政婦長」は、語り部であるレペルのキャラクターが読んでいてちょっとイラッとする作品。上流階級に属するのであろうレペルは、ある意味お人好しなボンボンである。物語の途中で、彼は病を得るのだが、はじめは軽く考えていた病気が一向に治らないばかりが逆に衰弱していき、ついには余命を宣告されるまでに悪化する。そこで彼はロクシーのためにある一計を案じる。これが、まあなんというか「世間知らずの貴族的発想」なのだ。また、第二エポックの冒頭で「元家政婦の名声を守るため」と記しているのだが、その辺りも込みで、レペルが「世間知らず」な印象を与えている。ただ、その印象操作があるからこそ、ミステリアスな家政婦長の存在や、レペル、ロクシー、そしてスーザンの3人が絡む恋物語のモヤモヤ感に一層拍車がかかって感じられるので、そこがウィルキー・コリンズという作家のスゴさということなのだろう。

代表作「月長石」や刊行時に「センセーション・ノベル」と称されたという「白衣の女」といった長編小説でウィルキー・コリンズという作家を知った読者は、この短編選集で彼が短編小説でも高いレベルの作品を書き続けていた作家だと知ることができるだろう。

一方で、私のように「『月長石』は古めかしいし、重厚で敷居が高いな」と気後れしてウィルキー・コリンズに触れてこなかった読者にしてみれば、本書によって短編作品から作者に触れることができるのはありがたいと思う。そして、実際に読んでみると意外と読みやすいし、ストーリーも時代的な部分はあるにしても古めかしいわけではない。

古典作品はどうしても敬遠しがちなのだが、実際に読んでみれば、案外現代的で面白い作品がたくさんあることがわかる。本書もそうした“温故知新”の一冊として読まれればいいなと思う。

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月長石 (創元推理文庫 109-1)

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白衣の女 (上) (岩波文庫)

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