ガタガタ書評ブログ

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平凡であることの幸せ、平凡であることにあきたりない生き方-角田光代「笹の舟で海を渡る」

母は昭和15年(1940年)に生まれた。終戦時は5歳である。終戦後は小学校、中学校、高校と進学し、高校を卒業後はデパートの売り子として就職した。その後、父と知り合って結婚し私が生まれる。以後、パート仕事の経験はあるが、基本的には専業主婦として家庭を守る役割を果たしてきた。父は60歳手前で亡くなり、それからは独り身で現在に至っている。

笹の舟で海をわたる

笹の舟で海をわたる

 

私の母は、角田光代「笹の舟で海を渡る」で言えば左織にあたる人生を歩んできた。母は、左織よりは年下になるし地方出身者なので疎開の経験もない。なので、境遇としては大きく違うが、終戦から昭和、平成と生きてきた歩みは重なる部分が多い。高校を出て平凡な就職をし、数年働いた後に知り合いの仲介で出会った男性と結婚して子供を産み、外で働く夫のために家庭を守り、子供を育てることを生きがいにして年老いていく。平凡を絵に描いたような人生だが、それが幸せなのだ。

左織のような人生を幸福と考えることがあれば、もうひとりの登場人物である風美子のように奔放とも思える人生を歩む人もいる。疎開していた頃の辛い思い出を振り払うように、派手で目立つ生き方を選ぶ風美子の人生は、彼女なりの幸せがあるのかもしれない。料理研究家としてレシピ本を出版し、テレビ番組に出演する。目立つことで風美子は自らの過去をさらけ出し、過去を払拭して新しい人生を生きている。

平凡な左織と平凡を嫌った風美子。でも、風美子は本当に平凡を嫌っていたのだろうか。「平凡」とは「つまらない」ということなのだろうか。

母が特別幸せな生き方をしてきたとも思えない
ただ、あの人と長い道を歩いてきたから
          --さだまさし「退職の日」より一部引用

誰かのために生きる人生、自分を光らせることで実感できる人生。価値観は人それぞれに存在している。

退職の日

退職の日