ガタガタ書評ブログ

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企業に所属することの意味とは?-中村修二「怒りのブレイクスルー」

今年(2014年)のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオードの研究、開発、普及への貢献が評価された日本人3人が受賞した。

本書は、受賞者のひとり中村修二カリフォルニアサンタバーバラ校教授が自らの半生と青色発光ダイオードの製品化に至った経緯、そしてアメリカへの移住を決めるに至った思いを語ったものだ。

ノーベル賞受賞後のメディアでのインタビューでも語っていたように、中村教授の仕事に対するモチベーションには、彼を取り巻く日本の教育制度、企業風土などに対する不満と怒りがある。本書にも中村教授の怒りのエネルギーが存分にぶつけられている。
地方の大学院を卒業し、そのまま地方の企業に入社した中村教授は、大企業の下請けという立場の中小企業で通常なら考えられないような成果をあげる。しかし、彼には会社が彼に対してとってきた様々な対応に不満ばかりが蓄積されていく。待遇面での正当な評価がされていないこと。秘匿主義が強く自らの成果を広く対外的にアピールする場が提供されないこと。青色発光ダイオードの製品化に成功し、それが海外などで評価されるようになるまで、彼には自分の価値を正しく認識することができなかったのかもしれない。
中村教授のように不平、不満を怒りに変え、それを原動力にして世界的にも価値のある成果を成し遂げるということは、そう簡単にできることではない。私を含め多くの人は、様々な不平、不満を抱えつつもそれを甘受し、ただただストレスを溜めこむばかりだ。そういう意味でも中村教授のような人物は稀有な存在と言えるのかもしれない。
稀有な存在であるがゆえに企業側から見れば、中村教授のような人物は扱いにくく、ともすれば排除したくなるような人物なのかもしれない。ましてや、中村教授のように最終的には会社を辞め、海外に移住した上に本書のように日本の教育制度や企業体質を“悪”として、若い技術者に海外への脱出を促すようなことを言い募る人物は、苦々しい存在なのではないだろうか。
そういう意味で、私は2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏は中村教授とは対極の存在として再注目したい。田中氏は、ノーベル賞受賞当時も現在も島津製作所に勤務する会社員である。ノーベル賞を受賞するに値する化学的貢献を成し遂げ、間違いなく世界中の研究機関からヘッドハンティングをされたのだろうが、田中氏は会社に残り続けているわけで、企業からすればそれだけ評価したい社員であろう。
中村教授のように企業を見限って外の世界に飛び出していくのが正しいのか、田中氏のように企業にとどまって会社のために貢献し続けることが正しいのか。この二択には正しい答えはない。ただ、言えることは、中村教授が日本の企業を見限って海外に飛び出してしまったことも、田中氏が企業にとどまり、企業内での自らの立ち位置や処遇を高めていったことも、日本人研究者、技術者にとってはプラスに働いたということだ。
中村教授が訴訟を起こして社員の発明に対する正当な対価を求めて闘ったことや海外に移住して日本の頭脳の海外流出に対する危機感を煽ったことも、田中氏が企業内での発言力を有し同じように企業に所属して研究、開発を行っている他の研究者、技術者に対する世間の注目を集めるようにしたことも、日本の産業界、学術会が考え方を変える大きな要因になったはずだ。確かに、海外と比較するとまだまだ不十分な処遇ではあるが、少なからず変わったことは確かである。このように、個人の成果、業績を正しく評価し正当な処遇をすることが研究者、技術者のモチベーションアップに繋がる。企業に人を育てる役割があるのだとしたら、社員のモチベーションアップのために何をなすべきかを経営者はもっと考えなければならない。 
生涯最高の失敗 (朝日選書)

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