タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「わたしがいどんだ戦い1940年」キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー著/大作道子訳/評論社-エイダの身体の回復と心の成長を見守るように読みました。

 

 

キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー(大作道子訳)「わたしがいどんだ戦い1940年」は、2018年度の「第64回 青少年読書感想文全国コンクール」の課題図書に選ばれた「わたしがいどんだ戦い1939年」の続編であり完結編になる作品です。

 

s-taka130922.hatenablog.com

 

続編の存在は、2018年1月に開催された『やまねこ読書会』で知り、翻訳されるのを待ち望んでいました。

物語は、エイダが内反足の手術を受けるために入院している場面からはじまります。前作で描かれていたように、主人公のエイダは、右足に内反足という障害を抱えています。そのせいで、実の母親からアパートの一室に閉じ込められて暮らしていました。エイダは、必死に母親のもとから逃げ出し、弟ジェイミーとともにスーザンの家で疎開生活を送ることになりました。そこで、多くの人たちと出会い、馬たちと出会って、少しずつ変わっていったのです。

エイダを肉体的にも精神的にも苦しめていた内反足は、手術によって治療され、彼女は普通の生活を取り戻します。でも、肉体の障害が取り除かれても、彼女の心はまだ完全に開放されたわけではありません。

前作でも、エイダの素直になれない卑屈とも思えるような態度や言動は、読書にとって困惑であり批判を受けました。そのときは、障害を持ち、そのことが理由で母親からもつらい仕打ちを受け続けてきたのだから、大人を素直に信用できないまま成長してしまうのは仕方ないと、同情する気持ちもありました。

手術によって自由に動ける身体を得られれば、エイダの心も変わるだろう。読み始めたときはそう思っていました。ですが、すぐにそれは淡い期待だったと気づきます。一度形成された心は、そう簡単に変わるものではないと知ります。エイダは、まだ手術前のエイダのままでした。

本書の読みどころは、身体の自由を得たエイダが、どのようにして心の自由を取り戻していくのかだと思います。エイダはたくさんの人々に支えられています。ロンドン大空襲で母親を亡くした彼女と弟ジェイミーの後見人として、母親代わりとなるスーザン。家を失ったエイダたちに家を提供してくれるソールトン夫人(彼女はエイダの手術費用も負担してくれています)、その娘でエイダの唯一の友人といっていいマギーやその兄ジョナサン。エイダが愛する馬バターをはじめソールトン家の馬たちの面倒を見ているフレッド。エイダを見守る人たちは、ときに優しく、ときに厳しく彼女に接してくれます。

エイダにはわかっているのです。スーザンや他のみんなが自分ときちんと向き合ってくれていることを。彼女のために、いろいろと面倒をみてくれたり、素直になれない彼女を根気よく見守ってくれていることを。

エイダは、いろいろな経験を過ごすことで、そのことに気づき、少しずつ変わっていきます。そして、そこには戦争が大きな影響を与えています。

イギリスとドイツの戦争は、ますます激化しています。エイダたちとともに疎開していたスティーヴンは、ロンドンの空襲で母親と兄弟たちを失い、自分は父親とともに戦地へ物資を運ぶ輸送船に乗り込みます。ソールトン家の長男ジョナサンは、戦闘機のパイロットとして戦いに参加します。

戦争によって苦しんでいるのは、エイダたちイギリス国民だけではありません。ある日、ソールトン卿がひとりの少女を連れてきます。彼女の名前はルース。ドイツから逃げてきたユダヤ人でした。

ルースの存在が、エイダに影響を与えることになります。ルースは、ユダヤ人です。しかし、ドイツ国民でもあるためエイダたちイギリス人からは敵国民でもあります。ヒトラーユダヤ人にどのような非道な扱いをしているかを知らないエイダたち、とくにソールトン夫人はルースを簡単には受け入れられません。

エイダは、ルースにかつての自分を重ねたのでしょう。ルースとの交流を深めることで、エイダは次第に変わっていくのです。ルースが経験してきたこと、いま置かれている状況を知り、わからないところはあっても理解しようと努め、ルースの心を開こうとする。それは、エイダ自身の心を開放することと同じなのです。ルースの心の扉の鍵は、エイダの心の扉の鍵でもあると思います。

多くの人がエイダのところに集まり、やがて去っていく。出会いがあり、別れがある。そのひとつひとつを経験し、喜びや悲しみを共有していくことが人間を大きく成長させていく。本書は、そのことを私たちに伝えてくれる、気づかせてくれる作品だと思います。前作「わたしがいどんだ戦い1939年」を未読の人は、ぜひ前作から続けて読んでください。そして、エイダに反感を覚えても優しく見守ってあげてください。スーザンたちがエイダを優しく見守り続けたように。

エイダはきっと、すてきな大人になってくれるはずだから。