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ハラルト・ギルバース/酒寄進一訳「終焉」(集英社)-ベルリン陥落、ソ連軍の侵攻、混乱の中でオッペンハイマーは妻をレイプしたソ連兵への復讐心を胸にナチスの原爆研究資料を探すことになる

ハラルト・ギルバース「終焉」は、「ゲルマニア」、「オーディンの末裔」に続くユダヤ人の元刑事リヒャルト・オッペンハイマーを主人公とするシリーズの第3作になる。

 

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物語は、「第1部 焔」「第2部 灰」「第3部 光」で構成されている。第1部は、ベルリン陥落目前の混乱したベルリンの姿が描かれ、第2部ではベルリンがソ連軍によって占領されて混乱の中にある姿が描かれる。その混乱した戦争末期から占領期の中でオッペンハイマーは、また事件に巻き込まれるのである。果たして彼に『光』が訪れるのだろうか。

今回オッペンハイマーは、突然ソ連軍に連行され、ナチスの原爆開発に関わる資料を探すように命じられる。彼は、その資料を持ち出したディーター・ロスキと間違われて連行されたのだ。

オッペンハイマーソ連軍に連行されている間に、妻リザは隠れ場所だったビール醸造所でソ連軍兵士にレイプされる。それを知ったオッペンハイマーは、復讐を心に刻み込む。

本書を読む直前に、深緑野分「ベルリンは晴れているか」を読んでいた。「ベルリンは晴れているか」は、終戦後連合国(アメリカ、イギリス、フランス、ソ連)によって分割統治されたベルリンが舞台となっていて、主人公のアウグステは自分を襲ったソ連軍兵士を射殺したことをトラウマとして抱えている。

 

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本書「終焉」の時代背景は、アウグステがソ連軍兵士に乱暴され射殺してしまったときと重なる。アウグステと同様にリザもソ連軍兵士によってレイプされた。その時代、アウグステやリザのようにソ連軍の乱暴狼藉によって犠牲となったベルリン市民が多数いたのである。

本書には、戦争末期からソ連による占領、そしてアメリカとソ連の間に生じる東西冷戦の萌芽の中で翻弄されるベルリン市民たちの姿が描かれている。アウシュヴィッツなどの強制収容所が連合国軍によって解放され、平和が取り戻されたと安心したのもつかの間、彼らは時代の流れの中で、生きるための闘いを強いられる。その姿が、オッペンハイマーやリザ、ヒルデ、エデといった登場人物たちの、ときに勇敢で、ときに脆くて、でもしたたかな生き様として描かれているのだと思える。

ナチスの原爆研究資料がどのような末路をたどったのか。オッペンハイマーは復讐を成し遂げることができたのか。それは、この物語のラストに描かれる。そこには、元刑事としてのプライドと人間らしさを抱えたオッペンハイマーの苦悩が描かれている。

ラストシーンでオッペンハイマーは、アクサーコフ大佐からアメリカが日本に原爆を落としたことを告げられる。原爆の研究開発にドイツ人研究者が関わっていたらしいことも。そして、大佐はオッペンハイマーに警察に就職する気がないかと問う。

オッペンハイマーの物語は、これで『終焉』を迎える。アクサーコフ大佐の問いかけに彼はやんわりと断りを入れるのだが、その真意はあいまいだ。もしかするともっと後の時代、別の形でオッペンハイマーはまた私たちの前に姿を見せるかもしれない。少しだけ、そんな期待も感じている。

ゲルマニア (集英社文庫)

ゲルマニア (集英社文庫)

 
オーディンの末裔 (集英社文庫)

オーディンの末裔 (集英社文庫)

 
終焉 (集英社文庫)

終焉 (集英社文庫)