タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ペネロピ・フィッツジェラルド/山本やよい訳「ブックショップ」(ハーパーコリンズ・ジャパン)-海辺の街に小さな本屋を開くのが彼女の夢。ほんのささやかな夢だった。

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本書は、映画「マイブックショップ」の原作である。著者のペネロピ・フィッツジェラルドは、1916年に生まれ、2000年に83歳で亡くなっている。作家としてのデビューは60歳に近くなってからだが、1979年に「テムズ河の人々」でブッカー賞をしていて、「ブックショップ」は1978年にブッカー賞候補になっている。

舞台は、イギリス郊外の海辺の町ハードバラ。1959年、その町にある『オールドハウス』と呼ばれる古い家で書店を開業しようと考えているフローレンス・グリーンが主人公である。

ハードバラに書店を開くことは、けっして順風満帆なことではない。

1959年、ハードバラにはフィッシュ&チップスの店も、コインランドリーも、映画館もなく、隔週の土曜日の夜に町役場で映画が上映されるだけだったので、町の人々はそうしたものを望んでいたが、書店のオープンを望む者はいなかったし、フローレンスがそれを考えていようとは、誰一人想像していなかった。

本書がはじまってすぐに、読者はフローレンスの前途が相当に厳しいものになるであろうことに気づかされる。オールドハウスを購入し書店を開業するための資金の貸付を銀行はなかなか認めてくれないし、オールドハウスを巡っては町の権力者であるガマート夫人が絡んでくる。夫人は、オールドハウスを芸術センターにするから別の場所で開業するようフローレンスに告げる。フローレンスはそれを断り、オールドハウスでの開業にこだわる。

フローレンスとガマート夫人の対立を軸に、ふたりの周囲にはさまざまなタイプの人物が登場してくる。

オールドハウスを巡ってフローレンスと対立するガマート夫人。
BBCで働いているらしい怪しげなマイロ・ノースという男。
何年も自宅に引きこもったままひっそりと暮らしているブランディッシュ氏という老紳士。
フローレンスの店を手伝うクリスティーン・ギッピングという少女。

それぞれが個性的であり、ある者はフローレンスと対立し、ある者はフローレンスをサポートする。

こうして彼女はオールドハウス書店を開業する。開業してからも、オールドハウスに固執するガマート夫人はどうにかフローレンスを追い出そうと画策する。フローレンスは、そのたびに問題を乗り越え、自らの店を守ろうとするが、ガマート夫人のように町に影響力をもつ人間と闘うのは厳しい。フローレンスのささやかな夢は、少しずつ、だが確実に壊されていく。

この本を読む人の多くは、本が好きだし、本屋が好きなのだと思う。そんな読者にとって、この物語はどのように読まれるのだろうか。全編にわたって寒々しく光のささないハードバラの風景は、町からも人からも温もりを感じさせない。フローレンスは、たったひとりで闘っているようにみえる。ブランディッシュ氏をのぞいて、誰もオールドハウス書店を守ろうとはしないが、一方でガマート夫人をのぞいて積極的に妨害する人もいない。町の人たちは、事のなりゆきを見ているだけの傍観者でしかないのだ。

本書のラストは、ある意味で落ち着くところに落ち着いたラストと言えるかもしれない。幸せな終わり方とは言えない。フローレンスの未来がどうなっていくのかもわからない。後味が悪いと感じる読者もいるかもしれない。ひっそり静かに幕を下ろしたように感じる読者もいるかもしれない。

冒頭に書いたように、本書は映画「マイブックショップ」(監督・脚本:イザベル・コイシュ、主演:エミリー・モーティマー)の原作である。映画は、原作を基本としつつアレンジされていて、作中人物の役割だったり、原作には登場しないブラッドベリ作品が重要なアイテムになっていたりする。また、ラストも原作にはないアレンジが施されている。

原作と映画でどんな違いがあるのか。どんな印象を受けるのか。私は、少しモヤモヤしたところがあるものの、原作にはない希望を映画では感じることができた。他の人がどんな印象を受けるのか、とても興味深い。

***以下、映画のネタバレが含まれます。***

 

本書を原作とする映画「マイブックショップ」(監督・脚本:イザベル・コイシュ、主演:エミリー・モーティマー)は、ペネロピ・フィッツジェラルドの原作を基本としつつも、いくつか異なるところがある。

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原作である本書には、ナボコフの「ロリータ」が登場するが、映画では他にレイ・ブラッドベリの作品(「華氏451」「火星年代記」「たんぽぽのお酒」)やリチャード・ヒューズの「ジャマイカの烈風」が重要なアイテムとして登場する。ブラッドベリの作品は、フローレンスとブランディッシュ氏をつなぐ役割を果たし、「ジャマイカの烈風」は、フローレンスとクリスティーンにとって意味を持つ作品となる。

クリスティーンの存在も原作と映画で違っているところだ。クリスティーンは、原作ではあまり存在感はないが、映画では重要な役割をもっている。映画のラストで、クリスティーンの存在意義が明らかになったとき、観客はひとつの希望をそこに見出すだろう。それは、原作には存在しない希望だ。

原作のラストは、フローレンスがオールドハウス書店を閉めて、すべてを失って失意のままにハードバラの町を離れる場面で終わる。ハードバラに彼女の居場所はなく、本屋を必要とする人もいなかった。

映画のラストでも、フローレンスはすべてを失ってハードバラの町を離れる。だが、そこにクリスティーンがあらわれる。クリスティーンは、その腕に一冊の本を抱えている。「ジャマイカの烈風」だ。それは、本を読まないクリスティーンにフローレンスが薦めた本だった。フローレンスは、クリスティーンが何をしたのかに気づく。そして何も言わずに町を去る。クリスティーンの未来に希望を託すように。

フローレンスの失意の印象が強く残る原作のラストに比べて、映画のラストには希望がある。フローレンスの本を愛する心と本を届けたいという気持ちは、クリスティーンに受け継がれていく。

 

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