漫画家って、創作に行き詰まると失踪するものなのだろうか?
大月悠祐子「ど根性ガエルの娘」を読んでの第一印象はそのことだった。
「ど根性ガエル」とは、吉沢やすみが週刊少年ジャンプで1970年から1976年にかけて連載していた漫画であり、彼のデビュー作である。ジャンル的には学園モノであり、ギャグ漫画になるのだろう。
「ど根性ガエル」が人気作品となった理由は、その斬新な設定にある。
主人公は中学生のひろし。ある日、原っぱで転んだ拍子にそこにいたカエルの上に倒れこんでしまう。おそるおそる立ち上がってみると、カエルはひろしのシャツの中で生きていて、なんと言葉までしゃべるようになっていた。こうして、ひろしとピョン吉はときにぶつかり合いながら暮らしていくことになる。
ひろしに潰されても平面ガエルとしてど根性で生き延びたピョン吉とひろしを取り巻く家族、悪友、マドンナ、教師、そして町の人々が繰り広げるドタバタが「ど根性ガエル」の基本的なストーリーである。
「ど根性ガエル」は、過去に2度アニメ化され、数十年のブランクを経て昨年(2015年)の夏には実写ドラマ化もされた。漫画、アニメの時代から15年後でひろしたちは30歳の大人に成長しているという設定であり、ひろし役は松山ケンイチが演じた。
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デビュー作がアニメ化され、連載開始から45年経ってからも実写ドラマ化されるなど、「ど根性ガエル」は長く愛され、その作者である吉沢やすみも順風満帆な漫画家生活を送っているのではないか。おそらく、誰もがそう思うだろう。しかし、現実はそんなに甘いものではなかった。
「ど根性ガエル」の人気が爆発したことで、周囲からの期待という重圧に苦しめられ崩壊していった父・吉沢やすみの姿を娘の立場から描いたのが、本書「ど根性ガエルの娘」である。
「ど根性ガエル」の成功で一躍人気漫画家となった吉沢やすみだったが、「ど根性ガエル」という作品があまりに巨大になってしまったことで、新しい作品が描けなくなってしまう。そしてついに、連載や読み切りなど多数の仕事を抱え込んだまま失踪してしまうのである。
吉沢は、酒とギャンブルにのめりこみ、現実から逃れようとあがく。家族は、そんな吉沢に振り回される。それでも、家族が離散することなく、そして何より吉沢やすみが完全に壊れることなく立ち直ることができたのは、彼を支えた妻の存在が大きい。本書に描かれるエピソードでも、妻の強さであり、夫への愛情の深さを感じさせる。
吉沢やすみが酒とギャンブルに溺れるようになっていても、不思議と悲壮感は感じられない。そこにも、吉沢家の不思議な家族関係が起因しているように思える。本書は、第1巻になるので、第2巻以降にも家族をめぐるエピソードが描かれていくのだと思う。
1950年生まれの吉沢やすみは、現在65歳。孫にも恵まれて今は穏やかに暮らしているようだ。(吉沢の長男・康弘氏が語る父の話は、ぐるなび「みんなのごはん」で連載中の「田中圭一のペンと箸」第8回を参照)
漫画家に限らず、創作を生業にしている人たちは少なからずプレッシャーと戦っている。
「次は今よりも良い作品を作らなければいけない」
「もっと面白い作品にしなければいけない」
「読者から飽きられたら作家人生は終わりだ」
周囲の期待も大きなプレッシャーだろう。
彼らは身を削って作品を生み出しているのだということを知った。