《名脇役》と呼ばれる役者がいる。
映画やテレビドラマで渋く脇を固める貴重なバイプレーヤー。その存在は主役の芝居を引き立てる。それでいて、その役者自身が目立つことはない。だけど、妙に存在感があって、つい気になってしまう存在なのである。
戌井昭人「のろい男−俳優・亀岡拓次」は、映画を中心に貴重なバイプレーヤーとして役者生活をおくっている亀岡拓次を主人公にした連作短編集だ。前作の「俳優・亀岡拓次」に続く第2作になる。
亀岡拓次は、40代前半で風采が上がらない見た目の冴えない中年男。若い頃からずっと老けて見られていた。収録されている短編「かぼすと乳房 大分」の書き出し部分を引用してみる。
映画俳優の亀岡拓次は、若いころから実年齢より老けて見られていた。二〇代の頃は一五歳くらい上に見られていたし、三〇歳のとき、五〇歳に間違われたこともあった。
彼の職業は俳優である。といっても主役を張るような役者じゃない。主に映画での仕事が多いが、与えられる役は、ほとんどがセリフのないチョイ役である。それでも、彼が演じると妙に目立つのか、監督たちの中には彼のファンだという人が多い。彼らが自分の作品に亀岡をキャスティングしてくれるので、彼は意外と多くの作品に出演している。なんと、ハリウッド映画にも出演したほどだ。
そんな脇役俳優の亀岡拓次を描いた作品が、映画化されることになった。
■映画「俳優・亀岡拓次」公式サイト
主役の亀岡拓次(なんかややこしい)を演じるのは、2015年10月期のドラマ「下町ロケット」でも脚光を浴びた安田顕。彼自身、名脇役といってよい俳優だから、このキャスティングは期待大だ。
安田顕 - プロフィール | CREATIVE OFFICE CUE Official website
小説は、亀岡が撮影で訪れた地方で地元の人たちと交流したり、撮影現場でベテランのスタッフに小馬鹿にされて腹を立てたり、空き時間に老舗旅館の日帰り温泉を利用したら同じ映画に出演するベテラン大物俳優の定宿だったりといったエピソードで構成されている。
亀岡は、その風貌や人間性もあって、スタッフとも気軽に話をするし、一般の地元の人たちとも気軽に会話を交わす。そんな憎めないキャラクターとして描かれているからだろう、小説も読んでいて安心できる楽しさがある。
著者の戌井さん自身、劇団「鉄割アルバトロスケット」を主宰する劇作家であり、俳優としても活動している。劇作家にして小説家というと、第154回芥川賞を「異類婚姻譚」で受賞した本谷有希子さんが思い浮かぶが、戌井さんもこれまでに5回候補になっている。
■鉄割アルバトロスケット公式サイト
その戌井さんのインタビュー記事が、Webサイト「本の話WEB」に掲載されている。
インタビューの中で、亀岡というキャラクターを「ふらふらしているようでも、実はちゃんと安定している人の感じを出したいと思った」というコメントがあった。なるほど、本書を読んで私が感じた安心感は、著者が考えた亀岡拓次像が正しく伝わってきたということなのだ。
そんな亀岡拓次が、安田顕によってどんなキャラになっているか。久しぶりに映画館でみたい日本映画だったりする。