タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「カシタンカ」アントン・P・チェーホフ作、ナターリャ・デェミードヴァ絵/児島宏子訳/未知谷-読む人や読み方で解釈が分かれそうな作品。読みやすさの奥にある複雑な世界観

 

 

この若い赤毛の犬はダックスフントと野良犬の雑種で、キツネそっくりでした。

指物師のルイに飼われているキツネそっくりの雑種犬の名前は『カシタンカ』といいます。この物語は、ひょんなことから飼い主とはぐれてしまったカシタンカが見知らぬ男に拾われ、ネコやガチョウやブタたちと出会うお話です。

その日カシタンカは、お得意さんに出来上がった商品を届けるルイのあとについて街に出ました。道中ルイはところどころで居酒屋に立ち寄っては酒を飲み、カシタンカはおでかけの興奮ではしゃぎまわってはルイに叱られていました。

そんな中でカシタンカはルイとはぐれてしまいます。そのことに気づいたカシタンカは、飼い主の姿を探しますが、まったく見つかりません。カシタンカはどんどん不安になり、疲れ果ててしまいました。そこで出会ったのが見知らぬ人でした。

小柄で小太りな見知らぬ男に連れられて、カシタンカは彼の家に行きます。その人はカシタンカに食事を与え、眠る場所を用意してくれました。家には、カシタンカの他にガチョウとネコ、ブタがいました。見知らぬ人は動物たちに芸を仕込み、それをお客さんに見せる仕事をしていました。その練習風景がカシタンカの目線で語られていきます。

物語は、ときにユーモラスでありながら、場面場面で胸苦しさや悲しさを醸し出します。本当と飼い主であるルイとその息子フェージャとカシタンカの関係、見知らぬ人に救われたカシタンカが経験する驚き。カシタンカ自身の心の内を直接描いているというわけではありませんが、カシタンカの興奮や愛情、驚きや悲しみが感じられるように思えます。

物語のラストについては、カシタンカの視点で考えたとき、ルイとフェージャの視点で考えたとき、見知らぬ人の視点で考えたときで感じ取り方が変わってくると思います。どこに思い入れしても、それぞれに違ったエンディングを感じられる作品だと感じました。

表紙をはじめ作品に貴重な印象を与えてくれるのが、ナターリャ・デェミードヴァによる挿絵の数々です。ナターリャが描くカシタンカの姿の愛くるしさ、見知らぬ人の姿から漂う哀愁や苦悩は、作品の世界をより深く読者にイメージさせてくれます。セピアカラーの落ち着いた色合いの挿絵を見ているだけでも気持ちが落ち着いてくるように思います。

本書は、『はじめての海外文学vol.6』で、翻訳家の永田千奈さんが推薦している作品です。ロシア文学に馴染みのない人、ハードルが高いと思っている人にオススメしたい一冊だと思います。