タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「キッズライクアス」ヒラリー・レイル/林真紀訳/サウザンブックス-自閉症スペクトラム障害の少年マーティンが経験するひと夏の物語

 

 

「キッズライクアス」は、『自閉症スペクトラム障害』の高校生マーティンが、映画監督の母の仕事に合わせて、姉のエリザベスと一緒にフランスの田舎町で過ごすひと夏を描く物語だ。

自閉症スペクトラム障害』のマーティンは、他人とうまく接することができない。そんな彼が、フランスの田舎町にある普通高校に通い、そこで出会った少女に恋をする。だが、彼は彼女とうまく接することはできない。それでも、彼は少しずつ自分の言葉で彼女と接することができるようになり、他の同級生たちとも友だちになっていく。

『自閉症スペクトラム障害』という耳慣れない病気。どんな病気なのか、どんな症状があるのか、そもそも“病気”なのか。読んでいて思ったのは、まずそのことだった。『自閉症スペクトラム障害』には、「(他人と)視線が合わないか、合っても共感的でない」「ひとりごとが多い。人の言ったことをオウム返しする」といった特徴があるという。対人関係が苦手で、なにかに強いこだわりを持つことも特徴とされる。

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マーティンにも、こういった特徴を感じさせるところがある。自分が見たこと、自分が感じたことを話すとき、「僕」を主語にして会話ができなくなってしまうことがある。

「僕は少々疲れました。僕は寝たほうがいいみたいです」

と言うべきところを、

「あなたは少々疲れました。あなたは寝たほうがいいみたいです」

と言ってしまう。マーティンの母親は、そんな息子の言い間違いを少しでも直そうと、ややもすると厳しく接してしまう。

自分の言葉で気持ちを発することが難しいマーティンは、あらゆることをプルーストの「失われた時を求めて」(本書でマーティンは「失われた時」と呼んでいる)の場面やセリフで考え、言葉にする。彼の世界のすべては「失われた時」の中に存在している。彼が出会い恋におちる少女を、彼は「失われた時」のジルベルト・スワンだと考え、ジルベルトと呼ぶ。

「キッズライクアス」は、自閉症スペクトラム障害』は治すべき障害なのか、という問いを読者に投げかけている。マーティンの母は、彼が障害を克服し、普通の男の子として学校に通い、友だちを作ることを望んでいる。『自閉症スペクトラム障害』のような障害を持つ人をありのままに受け入れるべきという考え方もあり、『ニューロダイバーシティ』と呼ばれている。

フランスの田舎町でジルベルトに出会ったマーティンは、少しずつ自分の言葉で自分の気持ちを伝えようとする。彼女の存在は、いつしかジルベルトからアリスへと変化し、マーティンは現実のアリスと仲を深めていく。ときに、彼を傷つけるような出来事も起きるが、それも乗り越えられるだけの経験を積んでいく。そして、彼の夏は過ぎていく。

マーティンは変わることができたのか。変わることが彼のこれからの人生にとって良いことなのか。その答えは誰にもわからない。それは、マーティン自身にしか経験することができないのだから。

私たちは、ともすれば彼らを特別な存在、可哀想な存在としてみてしまう。でもそれは、彼らにとって、生きづらい環境をつくってしまっているのではないだろうか。私たちの一方的な価値観に彼らをあてはめてしまってはいけないということを、この本を読んで考えた。