タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

トム・ハンクス/小川高義訳「変わったタイプ」(新潮社)-トム・ハンクスという遅咲きの新人作家によるデビュー短編集。17篇の短編は、笑いあり涙あり、思わず引き込まれる作品揃い。

才能のある人はなにをやってもすごいんだな、というのが率直な感想である。

作家トム・ハンクスのデビュー短編集となる「変わったタイプ」には、17篇の短編作品が収録されている。そのすべての短編が面白い。まったく外れがない。本当にレベルが高い。

2014年に「ニューヨーカー」に発表されたデビュー短編「アラン・ビーン、ほか四名」を含む17篇の短編には、笑える作品があれば、笑ってほっこりできる作品もある。温かい気持ちになれる作品がある。ただ、読み終わって嫌な気持ちになったり、不快に感じる作品はひとつもない。それは素晴らしいことだと感じた。

トム・ハンクス』は、まぎれもなく、あのトム・ハンクスである。「フィラデルフィア」、「フォレスト・ガンプ/一期一会」により2年連続でアカデミー賞最優秀主演男優賞を取得し、今も第一線で活躍する俳優のトム・ハンクスである。

そのトム・ハンクスがこれほどの書き手だと、いったい誰が想像できただろう。冒頭に収録されている「へとへとの三週間」を読み始めるなり、私はその面白さに一瞬で引き込まれてしまった。

「へとへとの三週間」は、常時アクティブな女性の行動に振り回される男の話だ。主人公の『僕』は、仕事にもプライベートにもセックスにもアクティブなアンナ惚れている。だから、彼女の行動に合わせて(というかほぼ強制的につきあわされて)スキューバダイビングのライセンス講習会に通い、毎日ランニングし、『サラダのサラダ、サラダ添え、としか言えないランチ』を食べる。そして、彼女の求めに応じてセックスもする。そんな日々が三週間も続けば、それはもうヘトヘトである。その振り回されっぷり、ヘトヘトになっていく様子がとにかく面白い。

他にも「配役は誰だ」のようにひとりの女性がニューヨークの荒波の中で自分の居場所を見つける物語で、その結末に描かれる彼女の未来には希望が溢れているし、「どうぞお泊りを」は、ラスベガスに巨大な豪華ホテルを所有する億万長者と、秘書として彼の気まぐれに振り回される女性が、田舎町の小さなモーテルを営む老夫婦と出会い、彼らのために起こす奇跡をシナリオ形式で描いている。

すべての作品に共通しているのは、作品から浮かんでくる情景だ。まるで映画をみているように、そこに描かれている風景が映像として浮かんでくるのだ。

もうひとつ共通点がある。それはタイプライターだ。

トム・ハンクスは、タイプライターの蒐集家としても有名なのだという。タイプライター好きが高じて『ハンクス・ライター(Hanx Writer)』というiPadアプリを開発しているらしい。

収録されている各作品の冒頭扉ページの前には、タイプライターの写真が掲載されている。タイプライターは、あるときは重要なアイテムとして、あるときはチョイ役として作品に登場する。各作品の中でタイプライターがどのような形で登場するか確認しながら読むのも面白いと思う。

映画俳優、プロデューサー、映画監督とマルチに活躍しているトム・ハンクス。その中に作家としての経歴が追加された。多忙な方なので、作家と今後どのくらいのペースで活動されるかはわからない。本書で作家トム・ハンクスの魅力にハマってしまった読者としては、次の作品を早く読みたいと願うばかりである。