タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

たかおまゆみ「わたしは目で話します~文字盤で伝える難病ALSのこと、そして言葉の力」(偕成社)-難病ALSを発症した著者が文字盤を使って目の動きだけで言葉を伝え書かれた本。言葉の力、コミュニケーションの大切さに気づかされた。

ALSという病気がある。筋萎縮性側索硬化症(英語表記:Amyotrophic lateral sclerosisの頭文字で略称ALS)という病気がどのような病気なのか、本書を読むまでまったく知らなかった。身体の自由が次第に失われていく難病であることは知っていたし、治療法が見つかっていないことも知っていた。しかし、病気の原因もわかっていないこと(わかっていないから治療法も見つかっていない)や筋肉の病気ではなく筋肉を動かす神経細胞(運動ニューロン)が減少し働かなくなる病気だということは知らなかった。

著者のたかおまゆみさんは、2009年にALSを発症した。ドイツ語の翻訳家として10年が過ぎ訳書も増えてきたし、さらなるドイツ語のブラッシュアップのために大学院で学ぶ始めたところだった。ドイツ語翻訳家としての未来を考えていた。

たかおさんは、子どもの頃の経験から障害をもつ子どもたちの教育者を目指して大学を卒業し日本聾唖学校で教師となった。聴覚障害をもつ子どもと接した経験から言葉によるコミュニケーションの強さとともに、言葉によらないコミュニケーションの存在にも気づかされる。勝手な憶測だが、聾唖学校での経験が、後にALSを発症して言葉を失ったときに、絶望するばかりではなく、文字盤というコミュニケーションツールを使って他者と会話するときのモチベーションとなったのではないだろうか。

その後、たかおさんはスイスでの生活を経てドイツ語の翻訳家として仕事をするようになる。「ハイジ」の著者ヨハンナ・シュピリに魅せられ、その作品を翻訳することにもなる。こうして、ドイツ語翻訳家としての道を歩き始め、軌道に乗り、さあこれからというときに病を発症するのである。

難病患者が書いた本、となると、病気になった悲しさや闘病の苦しさ、そんな中にあるかすかな希望のような闘病記を想像するかもしれない。私も読み始めるまではそう思っていた。

だが、実際には予想していたような本ではなかった。確かに、身体の異変を感じ様々な検査の結果ALSとわかるまでの不安やわかってからの絶望感を記したところもある。だが、それ以上に本書には楽しさがあるのだ。たかおさんが病気を楽しんでいるというと語弊があるかもしれない。でも、実際に本書を読んでみると、たかおさんが今自分が置かれている状況をむしろ前向きに楽しんでいるような雰囲気が感じられるのだ。

たかおさんが前向きである理由は、文字盤の存在である。文字盤は、透明な板に五十音の文字と記号を配置したもので、目しか動かすことのできないたかおさんが言葉を伝えるための必須アイテムである。本書は、声を失った患者にとって文字盤がいかに大きな存在であるかを、経験者であり、深く実感しているたかおさんが熱く語るために書かれたといって過言のない本なのだ。

文字盤の獲得がいかに希望を与えてくれたか。「はじめに」の中でこう書いてある。

文字盤を見て、「はじめのころは、たいへんでしたでしょうね」と、わたしにきく人がいる。たいへんだったもなにも、わたしには狂喜乱舞した思い出だけしか残っていない。

 

話すこともできなくなり、この先どうなっていくのかと不安しかなかったたかおさんにとって、文字盤を使って自分の思いを言葉にできることは、まったく苦労ではなかった。むしろ、言葉を取り戻せたことの嬉しさしかなかったのだ。

本書を読むと、言葉の持つ力の偉大さをひしひしと感じる。声に出して話すことはもちろんだが、書き言葉であったり、あるいは身振り手振りで伝えることも言葉のひとつと考えることもできるだろう。病気で身体の自由が失われていくたかおさんに生きる力と楽しみを与えたのも言葉だ。

言葉には力がある。だからこそ、大切に使わなければいけない。私自身、言葉を大事にしているかと我が身を振り返り、もっと大事にしようと思った。たくさんの気づきを与えてくれる本に出会えた。