タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ゴビ 僕と125キロを走った、奇跡の犬」ディオン・レナード/夏目大訳/ハーパーコリンズ・ジャパン-砂漠を走る過酷なウルトラマラソン。そのレースの最中に出会った一匹の犬のためにディオンは奔走する

 

 

灼熱の砂漠を数日をかけて250キロも走るなんて人間技ではない。運動嫌いで歩くことすら億劫な私には考えられないことだ。しかし、この本の著者ディオン・レナードは、そういうマラソン大会をいくつも走ってきた。まさに鉄人である。

ディオンは、そのとき中国の新疆ウイグル自治区にいた。これから7日間をかけて250キロを走破するウルトラマラソン大会に出場するのだ。本書の第1賞は、彼が空港に降り立ち、ウルトラマラソンのスタート地点となる場所へ向けて慣れない中国の地で悪戦苦闘する場面から始まる。

彼が出場するのは、ゴビ砂漠を含む250キロのコースを7日間かけて走るウルトラマラソンだ。大会期間中の食料など必要なものはすべて持参して走る。砂漠での気温は50度を超えることもあるという。想像しただけで息が切れる。なにより、そんな過酷なマラソン大会に自分からエントリーして(おそらく参加費用もかかるのだろう)出場することが信じられない。

大会がスタートして2日目の朝、ディオンはその日のレースに備えて気持ちを集中させていた。

「犬だ!」
「かわいい!」

周囲から聞こえてくる声に足元を見るとそこに一匹の犬がいた。その犬は、前日の夜にも見かけた犬だった。体高は三十センチくらい。砂のような茶色の体に大きな黒い目。口のまわりだけ黒く縁どられたようになっていた。

犬は、ディオンの足元にいて、尻尾を振りながら彼を見つめていた。そして、2日目のレースがスタートすると、なんと犬も彼の後を追って走り出したのだ。ディオンは困惑するが、犬はずっと彼のあとをついてくる。結局、そのまま2日目のレースを犬とともにゴールすることになった。

こうして、ディオンはその犬とウルトラマラソンを走り続けることになる。コースの途中にある川を渡るときには抱き上げ、灼熱の砂漠を走るときには運営スタッフに犬を託し、車でゴール地点まで連れて行ってもらった。ディオンはいつの間にかその犬が好きになっていた。ゴビと名前をつけられ、レースのパートナーとなった犬は、最終的に全行程の半分にも及ぶ125キロを一緒に走り続けていた。

ゴビがディオンを好きになったように、ディオンもゴビを好きになった。レースが終わったとき、彼はゴビをスコットランドに連れて帰ろうと考える。

中国から犬を国外に連れ出すこと、海外からイギリス国内に犬を連れ入ることは簡単なことではない。検疫の必要性など、費用も時間もかかる。ディオンは、ひとまずレースの運営スタッフであるヌラリにゴビを預け、ゴビをイギリスに招き入れる方法を探る。費用についてはクラウドファンディングを活用した。多くの人々の支援と協力を得てゴビを入国させる準備を整えるが、そこで事件が起きる。ゴビがヌラリのところから逃げ出して行方不明になってしまったのだ。ディオンは、ゴビを探すために中国に向かう。

たまたまレース中に出会った犬のために、ディオンをはじめとした多くの人々が奔走する。ゴビは、血統書付きの高価な犬というわけではない。どこで生まれたかもわからない雑種の犬だ。なのに、ディオンは懸命にゴビのために動く。その姿は、多くの読者からは「どうしてそこまで?」と思える行為かもしれない、だが、犬好きからみると彼の行為は共感できる行為だ。もし、自分が同じ愛する犬に対して同じような立場になったら、きっとディオンと同じ行動をしたかもしれない。

ディオンだけではない。彼を支え、一緒にゴビのために奔走する人々にも感動する。妻のルシア、レース仲間のリチャード、ゴビの捜索やディオンの北京滞在、イギリスへの出国などを全面的にサポートしたキキ、ゴビ捜索チームに参加したボランティアたち、そしてクラウドファンディングの支援者たち。彼らの中の誰が欠けても、ゴビはディオンと一緒にイギリスに来ることはできなかっただろう。

ディオン自身の生い立ちや両親(とくに母親)との関係であったり、ゴビがヌラリのところから逃げ出してしまった経緯など、読んでいて物足りなさを感じるところも多々ある。ディオン自身が意図的に書き込もうとしなかったのかもしれない。ゴビの脱走についても、ヌラリやその家族に不信や疑念を感じているのだが、そのことを深く追求することはしていない。そこは、ディオンの優しさなのかもしれない。

灼熱の砂漠を走る過酷なウルトラマラソン。その過酷な状況で出会ったディオンとゴビ。極限状態だったからこそ生まれたひとりと一匹の信頼関係が世界を動かしたという事実。表紙に写る健気なゴビの姿が、たくさんの勇気と多くの感動を呼んだのだと思うと、生き物の力ってすごいなとあらためて感じる。