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【書評】布川郁司「『おそ松さん』の企画術-ヒットの秘密を解き明かす」(集英社)-人気アニメを仕掛けたプロデューサーによるヒット企画を生み出す方法論

「おそ松さん」の企画術 ヒットの秘密を解き明かす

「おそ松さん」の企画術 ヒットの秘密を解き明かす

 

 

2015年10月から2016年3月まで、最近では珍しく半年にわたって放送されたのが、テレビアニメ「おそ松さん」である。

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放送時間帯が深夜であったにもかかわらず、アニメ「おそ松さん」は社会現象ともいえるブームを巻き起こす。視聴率も、最終回では3.0%を記録し、その経済効果は70億円と算出された。おそらく、リアルタイムでアニメ放送をみていなかった人も、「おそ松さん」については何らか耳にしたり目にしたりしたことだろう。

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そもそも、「おそ松さん」は赤塚不二夫原作のマンガ「おそ松くん」を原作とし、赤塚不二夫生誕80周年記念ということで製作されたアニメである。「おそ松くん」がテレビアニメ化されるのは、今回が3回目になる(第1作は1966年2月~67年3月にわたり全56話を放送。第2作は1988年2月~89年12月にわたり全86話を放送)。

赤塚不二夫の「おそ松くん」は、平凡な松野家に生まれた六つ子の兄弟(おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松)と、松野家周辺に出没する個性的なキャラクター(イヤミ、チビ太、デカパン、ダヨ~ン、ハタ坊、トト子)たちのドタバタを描いたギャグマンガである。この、赤塚原作や第1作、第2作のアニメでは、タイトル「おそ松くん」にあるように松野家の六つ子が物語の主人公でありながら完全に没個性キャラとして設定され、むしろ脇役であるはずのイヤミやチビ太というキャラの方が明らかに目立っていた。イヤミの“シェー!”のポーズや、チビ太の“おでん”はよく知られている。

その「おそ松くん」を27年ぶりにテレビアニメ化したのは、第2作のアニメ化も担当した制作会社「ぴえろ」である。本書「『おそ松さん』の企画術」は、その「ぴえろ」の創設者であり現在は最高顧問である布川郁司氏による、ヒット企画を生み出す経験とノウハウについて記したビジネス書である。

本書の全編を通じて記されるのは、ヒット企画を生み出すにあたっての一番の苦労である金銭的な課題についてだ。

おそ松さん」のような30分枠のアニメーションの場合、1本あたりの制作費は1500万円程度必要とされる。3ヶ月の放送期間で12話~13話を制作するので、トータルの制作費は約2億円になる。プロデューサーは、テレビ局の意向やスポンサーの意向などを考慮しつつ企画書を作成し、プレゼンテーションを行って制作費を出資してもらうように説得しなければならない。「ぴえろ」は、アニメ制作の会社としては実績もあるが(「うる星やつら」や「NARUTO」などを手がけてヒットさせてきた)、だからといって順風というわけでもないようだ。

おそ松さん」の企画に関しても、当初は否定的な意見が多かったという。

「今さら『おそ松くん』をアニメ化して誰が見るの?」
「何十年前の原作だと思ってるんですか?」
「前のアニメだって20年以上前ですよ。若いアニメファンは知らない」

それでも、「このアニメはあたる」という直感があったと布川氏は記している。「ヒットの芽」のようなものが、「おそ松さん」には存在していたとも記している。そして、現実に「おそ松さん」は社会現象を巻き起こすまでにヒットしたのである。

おそ松さん」は、「おそ松くん」の六つ子が成長して大人になった現在を描いている。登場するキャラたちは原作の通りで特に変化はない。大きく変わっているのは、これまで完全没個性キャラであった六つ子のひとりひとりに性格付けが行われたことだ。六つ子のキャラ設定は、

長男:おそ松・・・基本キャラ
次男:カラ松・・・ナルシストの痛キャラ
三男:チョロ松・・真面目な常識人キャラ ※ただし「六つ子の中では」
四男:一抹・・・・マイペースに毒を吐く自虐キャラ
五男:十四松・・・ハイテンションで天然のバカキャラ
六男:トド松・・・甘え上手の末っ子キャラ ※実はかなりの腹黒

となっていて、共通しているのは“ニートで童貞”というところだけだ。

おそ松さん」ヒットの要因は、六つ子をそれぞれ差別化したキャラとした上で、人気声優をキャスティングしたところにある。また、キャラの差別化にともなって、六つ子も見分けがつくように描き分けされている。前回のアニメでは6人がまったく同じ顔でまったく同じ服を着て、声も同じ声優が複数人にあてていたくらいだったようなので、大きな変更だと思う。

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このようにキャラに個性をもたせ、人気声優をキャスティングしたことで、「おそ松さん」は女性にヒットした。自分の好きなキャラを“推し松”と呼び、キャラクターグッズが売れた。六つ子たちが女性雑誌「アンアン」の表紙を飾り、老舗のアニメ雑誌「アニメージュ」では「おそ松さん」を表紙に採用した号が36年ぶりに重版した。さらに、舞台化まで決定していて、この秋に東京と大阪で公演されるらしい。

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こうして、「おそ松さん」はヒットした。そのブームはアニメ放送終了から半年経った今でも続いている。

本書の後半では、「おそ松さん」という作品から少し離れて、「ヒット企画はいかにして生み出されるか」が、布川氏と彼が設立した「ぴえろ」の歩みとともに記される。ただ、そこには「ヒットを生み出す特効薬」が記されているわけではない。書かれているのは、ごく当たり前の“努力”であり、“人脈の大切さ”である。なので、答えだけを知りたいと思って本書を手にとった場合は、ちょっと物足りない印象を受けるかもしれない。

また、「努力は報われる」、「人脈は財産」、「コミュニケーションの重要性」という観点については、古めかしい発想だと考える読者もあるかもしれない。

しかし、どれだけ否定的に捉えたとしても、現実として布川氏が「おそ松さん」というヒットを生み出したことは事実である。成功経験のない者が成功者の話をいくら否定しても説得力はない。

私も読み進めながら、「書かれていることは、特に目新しいことではないし、当たり前のことばかりだ」と考えていた。だけど、その「当たり前」を実践して成果を出す人と出さない人がいる。明らかに自分は、そして自分の会社は、まったく成果を出せていないということに、改めて気がついて。当たり前を実線して成果を出す人と出さない人の差は何か。そのことを今一度考えてみようと思ったのが、本書を読んだ一番の成果だと思う。

 

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anan (アンアン) 2016年 5月18日号 No.2003 [雑誌]

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anan (アンアン) 2016/05/18号

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