タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ウィル・ワイルズ/茂木健訳「時間のないホテル」(東京創元社)-閉ざされ、歪められた空間で狂気と正義がせめぎ合うエンターテインメント

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

 
時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

 

 

内宇宙のホテル、謎の支配人、無限に繋がる絵画。
J・G・バラード『ハイ・ライズ』+スティーヴン・キング『シャイニング』
悪夢的空間にそびえる巨大建築幻想SF

この帯の惹句に興味をそそられて読みたい本リストに加えていたウィル・ワイルズ「時間のないホテル」を、書評サイト「本が好き!」の献本でいただくことができた。なので「さっそく読んだ!」と書きたいところだが、他に読みかけの本があったのと、4月になって仕事が急に忙しくなったこともあり、読み始めるまでに時間がかかってしまった。「時間のないホテル」を読む“時間がない”というダジャレみたいな状況だった。

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大野木寛「乳房をふくませる」(だだしこ出版)−表紙にだまされないで!読めば分かる。「これは傑作だ!」と。

bookwalker.jp

筍の美味しい季節になりましたね。この時期になると、ご近所さんだったり親戚だったりけっこういろいろなところから採れたての筍をいただくことがあります。食べられるようにするまでの下処理が大変ですが、筍ごはんに煮物に天ぷら、細切りにして牛肉とピーマンと炒めればチンジャオロースと様々な料理に変身するのが楽しいですよね。

さて、大野木寛「乳房をふくませる」の最初の短篇「おすそ分け」は、ご近所さんから季節の風物詩たる《おすそ分け》をいただくお話です。この《おすそ分け》は甘辛く煮て食べると美味しいらしく、丁寧に下ごしらえをして圧力鍋で煮込みます。トロトロになるまで煮込まれた《おすそ分け》は口に入れただけで骨から身がホロリと外れるほどに柔らかく、酒の肴にご飯のおかずにと家族で競うようにいただくのです。

ね、美味しそうでしょ?

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小川洋子、今村夏子、星野智幸他「文学ムック たべるのがおそいVol.3」(書肆侃侃房)-待望の第3号!今回の特集は、漱石、鏡花、白秋を3人の注目作家が《Retold》します。

文学ムック たべるのがおそい vol.3

文学ムック たべるのがおそい vol.3

 

 

作家・翻訳家の西崎憲さんが編集長をつとめる「文学ムックたべるのがおそい」の第3号が刊行されたので、さっそく購入して読んだ。

冒頭、小川洋子の巻頭エッセイ「Mさんの隠れた特技」で衝撃を受ける。エッセイと書いたが、これは小川洋子の世界だ。どこまでが現実でどこからが空想なのか。その境界面の曖昧さが「Mさんの隠れた特技」にはある。読み始めはなんでもない話だったのに、最後にはちょっと怖い。小川洋子のこの作品を読むためだけでも、「たべるのがおそいVol.3」を買うべきだと思う。

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エドゥアルド・ハルフォン/松本健二訳「ポーランドのボクサー」(白水社)-祖父の左腕に刺青された『69752』の数字が意味する過去の物語。そして、今を生きる著者自身の物語。

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

 

 

69752。これはわしの電話番号だ。そこに、つまり左の手首と肘のあいだに、忘れないような刺青してもらったんだ。祖父は私にそう言った。そして私もそう信じて大きくなった。一九七〇年代、グアテマラの電話番帽は五桁だった。

表題作「ポーランドのボクサー」は、こんな書き出しで始まる。この短篇では、著者の祖父が若い頃に経験した話を著者が聞く物語だ。祖父の左腕に刻まれた五桁の数字が、彼にとってどんな意味を持つのか。何も知らない子どもの頃の著者は、その数字が祖父のアイデンティティにどんな影響を与えたのかを知らない。ユダヤ人である祖父が、アウシュヴィッツに収容され、そこでポーランドのボクサーと出会い、いかにして生き延びたのか。非常に短い小説の中に、祖父が経験した戦争の影が重く横たわっていると感じる。

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ジョージ・オーウェル/山形浩生訳「動物農場」(早川書房)-1940年代に書かれたこの作品が、そのまま今の世界への批判になっている怖さ

 

ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任してから、彼の国ではジョージ・オーウェル「1984年」がベストセラーランキングの上位にランクインしているという記事を読んだ。

www.cnn.co.jp

動物農場」は、「1984年」と並ぶジョージ・オーウェルの代表作である。今回、新訳版が刊行されたのを機会に読んでみた。

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今村夏子「あひる」(書肆侃侃房)- #書肆侃侃房15周年 一見すると牧歌的な作品の中から立ち上がってくる不穏さ

あひる

あひる

 
あひる

あひる

 

 

表題作になっている「あひる」については、掲載された文学ムック「たべるのがおそいvol.1」のレビューで書いたので、今回は単行本書き下ろしとなる2つの短編について書いてみたい。

s-taka130922.hatenablog.com

 

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【書評】ステファン・グラビンスキ/芝田文乃訳「狂気の巡礼」(国書刊行会)−暗闇の中で内と外の境界面を歩いているような気分になる

狂気の巡礼

狂気の巡礼

 

 

第三回日本翻訳大賞の最終選考作品6作に残った中から、今回読んだのはステファン・グラビンスキ「狂気の巡礼」である。そのタイトルにあるように、人間の狂気に満ちた短編が収録された作品集だ。

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