ガタガタ書評ブログ

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【書評】文学ムック「たべるのがおそいVol.1」(書肆侃侃房)-あの今村夏子の新作が読めるだけでも価値ある1冊なんだけど、その他の執筆陣も豪華だから外れなし!早くもVol.2が待ち遠しい!

1月中頃のこと。フォローしている作家で翻訳家の西崎憲さんのツイートで、西崎さんが新しく文学ムックを立ち上げることを知った。それが、本書「たべるのがおそい」である。

文学ムック たべるのがおそい vol.1

文学ムック たべるのがおそい vol.1

 
文学ムック たべるのがおそい vol.1

文学ムック たべるのがおそい vol.1

 

 

「たべるのがおそい」の案内ページを見て何よりも驚いたのは、執筆陣の中に今村夏子の名前があったことだ。

今村夏子という作家をご存知だろうか。2010年に「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞し、翌2011年には「あたらしい娘」を改題した「こちらあみ子」によって、第24回三島由紀夫賞を受賞した女性作家である。

こちらあみ子 (ちくま文庫)

こちらあみ子 (ちくま文庫)

 
こちらあみ子

こちらあみ子

 
こちらあみ子

こちらあみ子

 

今村夏子という作家の存在が、多くの本好きに深い印象を植えつけたのは、「こちらあみ子」という作品の素晴らしさはもちろんなのだが、何よりも三島賞受賞時の受賞者インタビューでの発言だった。次回作の抱負を問われて、「今は特に書きたいことがない」といったのだ。受賞の緊張からの発言だったのかしれないが、にしても「書きたいことがない」とは(笑)。当時、生中継していたニコ生の映像を見ながら、「今村夏子って、リアルあみ子だな」と感じたのは私だけではないはずだ。

あれから5年。今村夏子は本当に書きたいものがなかったのか、ほぼ完全に沈黙を守り続けてきた。唯一の創作は、2014年に「こちらあみ子」が文庫される際に書き下ろされた「チズさん」という短編のみだ。

そんな超寡作作家の今村夏子の新作が、新しく創刊される文学ムックに掲載されるというではないか!私は「たべるのがおそい」の創刊を心待ちにした。発売日を待ちわびるなんて、久しくなかった経験である。

そして発売予定の4月15日より2日早い4月13日、たまたま池袋に用事があったので、念のためにとジュンク堂書店に入ってみた。西崎さんのツイートでフライングで置いている書店もあるとあったからだ。で、さすがはジュンク堂である。しっかり置いてあった。迷わず購入した。帰りの電車で目次を見たら本当にあった。《今村夏子 あひる》と。

今村夏子「あひる」は、自宅であひるを飼うことになった家族の日常を、その家の娘の視点で描いている。《のりたま》という名前のあひるは、近所のこどもたちの人気ものになる。毎日のようにこどもがのりたまに会いに来ると、父と母は、彼らを優しく受け入れ、お菓子やジュースを振る舞う。やがて、状況はエスカレートしていき、家はこどもたちのたまり場のようになっていく。

「あひる」が描き出すのは、一見平凡なように見える日常の裏側にある異常性のようなものだ。娘は無職で独身、息子は結婚しているがまだこどもがいない。口には出さないが両親は孫を待ちわびていて、その気持ちがのりたまに会いに来るこどもたちに向けられることで、話が微妙にややこしくなる。ラスト間際に登場する三輪車に乗った小さな女の子と母親の会話で、そんな大人の見栄があっけなく崩れるのだが、その場面を読んだときに「裸の王様」を思い出すとともに、小さな女の子にあみ子の姿が重なった。なるほど、今村夏子が書きたかったものはこれなんだなと感じた。

さて、今村作品ばかりで長々と書いてしまったが、他の執筆陣も本当に豪華なので、少し紹介しておきたい。

創刊号の巻頭エッセイを飾るのは歌人穂村弘。その内容は、穂村さんらしい、一読した瞬間は「なんじゃそりゃ(笑)」と思わず苦笑してしまうが、あとになってジワジワと効いてくるタイプの味のあるエッセイ。

創刊号の特集は「本がなければ生きていけない」で、この題目で日下三蔵佐藤弓生、瀧井朝世、米光一成の4氏が文章を寄せている。中では、瀧井さんの「楽園」と題する「気持よく本が読める場所」を探し求める話がお気に入りで、本読みとして共感できる。やはり本は、気持よく読める場所でじっくりとページをめくるのが楽しい至福の時間だ。

創作陣は、今村さんの他に、円城塔藤野可織、そして編集責任者でもある西崎さん自身も「日本のランチあるいは田舎の魔女」という短編を掲載している。その他、翻訳小説として岸本佐知子訳のケリー・ルース「再会」と和田景子訳のイ・シンジョ「コーリング・ユー」の2編がある。

また、本書には5人の歌人が短歌を寄稿している。大森静佳、木下龍也、堂園昌彦、服部真理子、平岡直子の5歌人である。本書に短歌のジャンルが掲載されるのは、編集の西崎さん自身が歌集を発表するなど歌人としても活動しているからだろう。ちなみに、歌人としての名前は、フラワーしげるというそうです。

www.huffingtonpost.jp

今村夏子という超目玉の存在感がハンパないのだが、全体的にも実にバラエティー豊かで豪華な執筆陣で構成された文学ムックは、どこを読んでも外れはないと思う。私も、今村作品を語りたいばかりに早々にレビューを書いてはいるが、ムック全体としてはまだ半分くらいしか読み込めていない。これから、残りの半分を時間をかけてゆっくりと読もうと思っている。

ビットとデシベル (現代歌人シリーズ)

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