タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

澤西祐典「別府フロマラソン」(書肆侃侃房)-温の町『別府』を舞台にとんでもないフロマラソンが繰り広げられる。かつてない温泉ガイドファンタジー

「文字の消息」が個人的にツボにはまったので、澤西祐典という作家が他にどんな作品を出しているのかな、と思っていたら、なんと「別府フロマラソン」の著者だと情報が入った!

 

s-taka130922.hatenablog.com

 

「なんと、あの『別府フロマラソン』の著者なのか!」と、にわかに色めき立つ。「確か、買って積んであったはずだ!」と本棚を探るとあった。「別府フロマラソン」、確かに著者は澤西祐典とある。

さっそく読み始めた。面白い。「文字の消息」とは全然テイストが違う。森見登美彦万城目学に連なるタイプの作品だ。

別府大学温泉研究会は、十三先輩と明礬湯太郎が所属しているサークルだ。「温泉研究会は女人禁制」というまことしやかデマのせいで会員は彼らふたりだけだ。もっとも、十三先輩の風貌や振舞いの奇矯さなど、入会者を寄せつけないのも致し方ないところではある。

その日は、彼ら温泉研究会にとって年に一度の大イベントが行われる日だった。それが『別府フロマラソン』である。

もともと別府には、『べっぷフロマラソン』というイベントがある。別府にある温泉42湯に駅前の手湯を0.125湯としてフルマラソン42,195キロになぞらえ、『別府八湯温泉まつり』の期間中に踏破(湯破というべきか)を目指すというものだ。ネットで調べてみたら本当にあるイベントだった。2018年は3月30日から4月3日の期間で実施されたらしい。

十三と湯太郎が挑む『別府フロマラソン』は、『べっぷフロマラソン』が表なのに対して裏のフロマラソンだ。別府八湯からランダムに設定された8つの温泉とフロマラソン当日だけ設定される特設露天風呂と隠し湯をあわせた計10湯を1日で制覇しなければならないという過酷なものだ。その過酷さゆえに、一番で完湯した者には、どんな願いでも叶うという特典が与えられるのである。

設定自体も実に破天荒でバカバカしい(褒めてます)のだが、フロマラソン完遂にかける参加者たちの熱量は半端ない。いや、別に今2018サッカーワールドカップ開催中だから流行りに乗っかって『半端ない』と言ってるわけではない。マジで半端ないのだ。

もうなんでもアリの展開。天狗は出るし、神通力まで飛び出す。それでいて、作中に登場する温泉はどれも魅力的であり、本書はキチンとした『別府温泉ガイド』になっているのだ。

私は、本書を読んでいて妄想と現実の区別が次第につかなくなっていた。本書に出てくる別府八湯の温泉は、フロマラソンのために出現したという隠し湯など一部を除けば実際に存在する温泉である。ただ、天狗や神通力という空想のギミックが登場し、ところどころに現実とは思えない場面が登場すれば、「さて、この本はどこまでが現実なのか?」と疑いたくもなる。最後には、著者略歴にある「別府大学講師」という肩書きも、そもそも別府大学が実在するかも疑いたくなる。国際信州学院大学みたいなものかもしれないじゃないか。

結論からいえば、「別府大学」は実在する大学であり、澤西祐典氏は確かに講師をつとめられていた。よかった。と言いつつ、どこかまだ疑りの気持ちが拭いきれない。そんな気分にさせられるというのは、澤西祐典のイマジネーションがそれだけ強く読者を惹きつけたということなのかもしれない。