ガタガタ書評ブログ

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金原ひとみ「マザーズ」とちょっとだけアベノミクス

安倍政権が掲げる目玉政策の中に「女性の活用」がある。結婚や出産、子育てなどで仕事から離れたまま社会復帰が果たせないでいる女性たちの能力を積極的に活用しようというもので、そのための施策として子育て支援や女性の再雇用支援、女性管理職の登用支援などが考えられているらしい。

 
と、堅苦しい話題からスタートしたが、金原ひとみ「マザーズ」を読んで思ったのは、女性能力の活用における阻害要因の大きさと深さである。
 
「マザーズ」には3人の母親が登場する。売れっ子作家でもうすぐ2歳になるひとり娘の輪を育てているユカ。モデルで3歳の娘弥生を育てている五月。専業主婦で9ヶ月の息子一弥を育てている涼子。3人は同じ保育園に子供を預けているママ友であり、ユカと涼子は学生時代からの幼馴染、ユカと五月は作家とモデルという華やかな業界で仕事をする仲間として友人関係を構築している。
 
彼女たちの家庭は、それぞれに複雑な事情を抱えている。ユカは、夫と別居し週末だけ会う通い婚の状態で、ユカ自身も娘を保育園に預けて夜遊びをしたり、合法/非合法のドラッグに手を出したりしている。五月は不倫をしていて、物語の中では不倫相手の子供を妊娠し流産する。涼子は、育児にも家事にも非協力的な夫と子供を保育園に預けることに否定的な母親に責められ、まだ言葉を発しない息子との密室育児に疲れ果てて、いつしか息子を虐待するようになってしまう。3人とも平和で楽しい家庭を築けていないのだ。
 
3人の母親の生き方、精神状態に読者の反応は分かれるだろう。彼女たちの中の誰かに共感し、理解する読者もいるし、彼女たちの生き方を真っ向から否定する読者もいる。どちらが正しい訳ではない。実際に彼女たちと同じくらいの子供を持つ母親には、自分の境遇と照らし合わせての共感/非共感があるに違いない。
 
ただ、この小説に描かれる母親たちの姿は決して虚構の世界ではない。家庭に注意を向けない夫、育児の苦労を理解してくれない世間や周囲の人々による理想の家庭像の押し付けや家事も育児も完璧にこなす理想の母親像に対するプレッシャー。これらに苛まれて、ユカや五月や涼子のように、ドラッグや不倫、虐待を行ってしまうケースは現実に存在している。
 
2010年度に全国各地の児童相談所が通報その他で対応した児童虐待の件数は、約55,000件以上にも達するとの報告結果がある。愛おしい我が子を虐待し、怪我をさせたり、結句命を奪ってしまったりするほどにまで親、特に母親が追い詰められてしまうのはなぜだろうか。
 
本書に描かれるユカ、五月、涼子の姿が現実に起こりうるものであるとしたら、これらの障害を克服して女性がその能力を最大限に発揮できる社会は実現できるのだろうか。なぜ、結婚、出産、育児が女性の社会復帰に重い足枷となっているのか。女性たちの抱える苦悩、不安、ストレスを我々男性は傍観しているだけではないか。口先だけで「女性の活用」を掲げたところで、一番変わらなければいけない意識の問題が解決できなければ、女性への負担ばかりを強いる最悪の社会が構築されるだけになってしまうのではないか。
 
本書は、読者をとことん打ちのめしてくるようなインパクトの強い作品だ。多くの人が読むべき小説であるが、同時に多くの人に強い精神力を要求する。そして、女性を敬い尊重し、彼女たちの苦悩、不安、ストレスを解消するとはどういうことなのか、どうすればよいのかということについて、重い問題を突きつけられたような気分になる。読む時には相当の覚悟をもってのぞまなければならない作品なのだと思う。
 

 

マザーズ (新潮文庫)

マザーズ (新潮文庫)