タカラ~ムの本棚

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「男たちを知らない女」クリスティーナ・スウィーニー=ビアード/大谷真弓訳/早川書房(ハヤカワ文庫)-男だけが発症し10人中9人が命を落とすウイルスによるパンデミック発生。そのとき人々は何を考え、どう行動するのか

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COVID-19パンデミックは、私たちの社会や暮らしを大きく変えた。人と人が対面で会う機会がなくなり、自宅から外へ出ることなく仕事をしたり、イベントをしたりするようになった。そして、いろいろなものを失った。仕事を失った人もいる。なにより、愛する家族、恋人、友人を失った人がいる。わずか数年前までの日常だったものは、いまはもう戻ってくることはないだろう。

クリスティーナ・スウィーニー=ビアード「男たちを知らない女」は、新種のウイルスによるパンデミックがもたらす巨大な変化の中で生きる人々の姿を描くパニックSF小説である。著者の前書きによれば、執筆されたのは新型コロナウイルスパンデミックが起きる前のことで、巻末の解説で作家の菅浩江さんが書いているように〈現実に追いつかれてしまった疫病SF〉になる。

物語はほぼ全般にわたって、(一部の例外はあるが)女性たちのモノローグとして書かれている。職業も社会的地位も住んでいる国も地域も違う女性たちが、それぞれの立ち位置で自身に降り掛かったこの悪夢のような出来事と向き合い、打ちのめされ、そして再び歩き出す。そのプロセスが時間の経過とともに描かれていく。

平和で幸福だったはずの暮らしは、あるひとりの患者の死によって壊され始めていく。そのウイルスは、男性にも女性にも感染するが発症するのは男性のみ。女性は無症状だがウイルスのキャリアになる。そのウイルスに対する免疫を有する男性は10人に1人であり、残り9人は感染して発症すれば間違いなく死ぬ。

ウイルスのまん延により、地球上の9割の男性が命を落とす。それはつまり、男性が中心となって動いてきた社会構造が根本的に崩壊することを意味する。政治も経済も、あらゆることが男性中心に構築され運営されている現在の世界的な社会構造が本当に脆くて危ういものなのだということを本書は示している。前書きでは「究極の思考実験」と記しているが、その思考がフェミニズム的なものかどうかはわからない。読者の中にはそういう視点で本書を捉える人もいるだろう。

私自身は特に思考的なところはなく、「男性しか発症しない新種ウイルスのパンデミックで男性のほとんどな死んでしまったらこの世界はどうなるのか?」という興味から読み始めた。著者が、女性が圧倒的なマジョリティーなった未来世界をどう描くのかに興味があった。

読み終わって思うのは、私が期待していた未来世界を描くような作品ではなかったということだ。本書は、パンデミック後の世界を描く作品ではない。まさにパンデミックの渦中にあって、人々がどう振る舞うかが描かれる。致死性の高いウイルスから夫や息子を守るため我が身を守るために人々は徹底的な隔離生活をおくり人との接触機会を極限まで減らそうとする。医師という立場にありながら職場放棄する者もいる。ウイルスの発生起源を追い求める者があれば、ワクチン開発に自らの名声と高い利益を求める研究者がいる。

本書で描かれているのは、いま私たちがCOVID-19パンデミックの中で実際に経験していることと共通している。本書で描かれるウイルスがあまりにも凶暴であり、人々を絶望へと突き落としていくという度合いが桁外れであるということが唯一の違いかもしれない。

本書は、COVID-19パンデミックがなければ間違いなく想像力に溢れた近未来疫病パニックSF小説として読めただろう。しかし、時代が完全に小説世界に追いついて同化してしまった。実際にパンデミックを経験した私たちは、この作品をSFとしてというよりも現実に近い世界線の物語として読んでしまう。

ただ、それは本書がつまらなかったということではない。むしろ、現実で起こっていることをそれ以前に小説世界で描き出していたことに驚嘆する。作家の想像力はときに現実に翻弄されることもあるが、現実を凌駕することもある。作家のすごさを改めて感じさせる作品でもあると感じた。