タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「英国風の殺人」シリル・ヘアー/佐藤弓生訳/国書刊行会-『世界探偵小説全集』の第6巻。互いに不穏な空気を醸す一族が集った聖夜の宴で起きた毒殺事件。ボトウィンク博士が解き明かす『英国でのみ起こりうる事件』とは?

 

 

国書刊行会の『世界探偵小説全集』第6巻。それぞれが互いに何らかの因縁を持つウォーベック一族が集まったクリスマスの夜、大雪に閉ざされた屋敷で行われた夜会の席でファシスト団体のリーダーとなったウォーベック卿の跡取り息子が毒殺された。古文書の調査のためにウォーベック邸に滞在していた歴史学者のウェンセスラス・ボトウィンク博士を探偵役とする本格ミステリー小説である。

「英国風の殺人」には、本格ミステリーの要素がつまっている。大雪で外部との連絡が閉ざされ孤立した屋敷で起きる殺人。そこに集まっていたのは、代々続く古い貴族であるウォーベック卿とその血族、ウォーベック卿に仕える執事、そして探偵役となる歴史学者である。事件の背景にあるのは、イギリスの貴族階級と労働者階級という区分と、その区分にもとづく政治的な体制の問題だ。

屋敷の主であるウォーベック卿は病の床にあり、彼の爵位の継承が一族の問題でもある。跡取り息子であるロバートは、『自由と正義連盟』の指導者であり、その団体はファシスト団体として知られている。ウォーベック卿の従弟サー・ジューリアスは、現政権で大蔵大臣を務める人物であり、ロバートとは対立する立場にある。さらに、ロバートとの関係に決着をつけたいと考えるレイディ・カミラ・ブレンダガスト、サー・ジューリアスが才能を見込んだ政治家カーステアズの妻であるカーステアズ夫人が加わる。彼らは、クリスマスの夜にウォーベック邸に集まった。ウォーベック邸には、卿に仕える執事のブリッグズがおり、途中から彼の娘スーザンも事件の鍵となる人物として加わる。

大雪によって外部からの応援が得られない中で事件の捜査にあたるのは、サー・ジューリアスの身辺警護のために同行したロジャース巡査部長である。彼は、サー・ジューリアスの警護という役割を果たしつつ、地元警察が到着するまでに最低限の捜査対応を行う。

そして探偵役となるボトウィンク博士。彼は、ウォーベック邸にある古文書の調査のために屋敷に滞在していて事件に巻き込まれてしまった。本書では結果として探偵役となっているが、積極的に事件捜査に乗り出したというよりは、学者としての探究心からいつの間にか事件の謎を解くポイントに気づき、最終的に犯人を指摘するに至る。

ロバート毒殺事件の翌日、病の床にあったウォーベック卿が息を引き取る。跡取り息子に続くウォーベック卿の死によって爵位の継承がどうなるかという問題が持ち上がる中、ブリッグズの娘スーザンが登場する。彼女の登場がウォーベック一族の運命を決めることになるが、そのことがさらに悲劇を生み出すことにもなる。

本書に描かれる事件の顛末を理解することは難儀なことだ。ラストの謎解きにおいてボトウィンク博士は「これは英国でのみ起きうる事件」だと言う。

「なぜ私は本件が英国風の犯罪であると主張するのか。それは動機が英国風だからであります。英国特有の政治的な要素に起因するからであります」(中略)「…今回の犯罪はすべての先進国の中で英国だけが、政体において世襲制の立法議員を維持してきたという事実がなければ起こりえなかったでしょう。(後略)」

ボトウィンク博士が事件の真相に気づけたのは、彼がイギリス人ではなく、かつ歴史学者であったからだ。彼は、貴族階級と労働者階級での微妙な言い回しの違いに疑問を感じ、また、歴史学者としての知識からこの事件がなぜ起きたのかを理解する。彼は、ロジャーズ巡査部長に『ウィリアム・ピットの生涯』を読んでみるように勧め、「なにが起こらなかったかが問題だ」と告げる。彼は、その歴史学の知識から、この事件が『英国風の殺人』だと看破するのである。

イギリスの政治制度や貴族階級、労働者階級といった身分制度を知らないまま読んだので、一読しただけではボトウィンク博士が言う犯行の動機が理解できなかった。いや、地位を得るという動機はストレートなのだが、ここに『英国風』という視点をはめ込むことは難しいのである。なので、このレビューを書くのにかなり苦労した。どうにか書いてみたが、ちゃんと読み溶けているのか自信がない。

本格ミステリー小説としては、読みやすかったし面白かった。なんか言い訳っぽくなってるけど、それだけ最後に書いておきます。