タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

エヴァ・イボットソン/三辺律子訳「ガンプ魔法の島への扉」(偕成社)-9年に一度9日間だけ開く魔法の島と人間界をつなぐ魔法の扉を抜けて、さらわれた王子を救い出しに来た4人の救出者。彼らがみた成長した王子の姿は想像を絶するものだった。

 

 

いまの世の中、学校へ行って子どもたちに「ガンプってなんだ?」ときいても、ろくなこたえが返ってこないだろう。

という一文からはじまるのが、エヴァ・イボットソン「ガンプ 魔法の島への扉」で、魔法の島の王子様を人間界から救出するミッションを与えられた4人の救出者が巻き起こす騒動を描いた物語です。

『ガンプ』とは、魔法の島と人間界をつなぐ魔法の扉のこと。9年に一度9日間だけ開くその扉を通れば、限られた期間だけ、魔法の島の人々は人間の世界に出かけることができるのです。

イギリスのガンプがあるのは、キングスクロス駅の13番ホームの下にあります。「どこかで聞いたような?」と思いましたか? そうなんです。『ハリー・ポッター』でホグワーツ魔法学校へ向かうホグワーツ特急の発車するのが、キングスクロス駅の9と3/4番線ですよね。「ガンプ」が発売されたのは1994年で、「ハリー・ポッターと賢者の石」が発売されたのは1997年です。「パクリなの?」とは思わないでください。「黒魔女コンテント」の『訳者あとがき』によれば、「ハリー・ポッター」の設定が「ガンプ」と似ていることを指摘されたイボットソンは、このように答えたそうです。

「わたしはローリングと握手したいくらいよ。作家はみんな、おたがいに貸し借りしているのだから」

イボットソンらしいエピソードですよね。あからさまな盗作なら憤慨したでしょうが、設定の一部が似ているくらいなら作家同士で目くじらをたてる必要もないということでしょう。

話を「ガンプ 魔法の島への扉」に戻します。

物語は、まだ生まれて3ヶ月の王子を世話する3人の乳母が9年ぶりに開いたガンプを通って上の世界(人間の世界)へ出かけていくところから騒動が起こっていきます。3人は王子を連れて上の世界に出かけるのですが、そこで王子をトロットル夫人によって連れ去られてしまうのです。そして、そのままガンプは9日間が過ぎて閉じられてしまいました。王子は、上の世界に取り残されてしまったのです。

王様、女王様、3人の乳母たち、そして魔法の島の住民たちにとって辛く悲しい9年間が過ぎ、またガンプが開く日が来ました。連れ去られた王子を救うために4人の使者が任命されます。

老魔法使いのコルネリウスは偉大な魔法使いとして
農耕をつかさどる妖精フェイのガーキントルードは善き人として
ひとつ目の巨人オグルのハンスは力の強さで

そして、もうひとりはハグのオッジです。オッジはまだ子どもですが、おそろしいすがたをしたハグの一族に連なる女の子です。でも、一族の中では期待はずれのハグでした。なぜなら、オッジはちっともおそろしくなかったのです。でも、オッジはとても賢い子どもでした。

イボットソンの作品には、オッジのように、その種族や家系の中では落ちこぼれだったり、弱い立場の孤児だったりといったキャラクターがよく登場します。確かに彼らは落ちこぼれとしてコンプレックスを抱えたりしています。でも、それをバネにして知恵や勇気を身につけていきます。きっと、イボットソンはそういう少し弱い人が、本当は誰よりも賢くて強いんだということを伝えようとしているのでしょう。

4人の救出者はガンプをくぐり抜け、王子がトロットル家のレイモンドとして暮らすトロットル・タワーへ向かいます。そこで、ひとりの少年に出会うのです。彼は、とてもしつけが行き届いていて、礼儀正しい少年でした。救出者たちは、彼こそが王子の成長した姿だと思います。でも、彼は王子ではありませんでした。彼の名前はベン。トロットル家の下働きの少年だったのです。

本当の王子、レイモンドは母親であるトロットル夫人に甘やかされ放題に育てられた超わがままな少年になっていました。食べたいものを意地汚く食べまくり、欲しいものはなんでも買ってもらえる暮らしを満喫したレイモンドは、王家を継ぐ者としてはまったく不適格な人間に成長してしまったのです。

しかし、どんなにわがままで傍若無人であってもレイモンドは王子です。なんとかして彼を魔法の島へ連れ帰らなければなりません。期限はガンプが開いている9日間だけ。4人の救出者たちは、レイモンドのわがままに振り回され、イヤな思いをしながらも、彼を説得しなければならないのです。

甘やかされて育った子どもは碌な人間にならないということを、イボットソンはレイモンドのキャラクターで知らしめようとしています。読んでいて、とにかく腹の立つ子どもなのです。

どんなにわがままで憎らしい子どもでも、どこかに少しは可愛げがあるものです。しかし、レイモンドにはそういう可愛げが一切ありません。それでも、救出者たちはどこか少しでも褒められるところがないか探そうとします。健康そうだとか、よくあらわれているとか。

ガンプが閉じる期限がジリジリと迫る中で、救出者たちはどうやって王子を魔法の島へ連れ帰るのか。その顛末は、あるときは涙ぐましく、あるときは滑稽です。彼らとレイモンド、そしてベンのドタバタ騒動の結末は、もしかしたらすぐに想像ができるかもしれません。ですが、それでも物語を読ませるのがエヴァ・イボットソンのスゴイところです。読み終わって、楽しいお話を味わえたと感じるのもイボットソンならではです。

今回も、とても楽しく、ワクワクするような物語の世界を味わうことができました。