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おざわゆき「あとかたの街(全5巻)」(講談社)-戦争末期、日本全土を火の海にした米軍の空襲で名古屋の街も灰燼と化した。これは、名古屋大空襲を生き抜いた著者の母の記録です。

あとかたの街 コミック 1-5巻セット (KCデラックス BE LOVE)

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太平洋戦争末期になると、日本本土への米軍による空襲が本格化する。当初、軍需工場を攻撃対象とした空襲は次第に拡大し、民間人に対しても無差別爆撃が繰り返されるようになる。

太平洋戦争時の本土空襲というと、昭和20年3月10日未明の東京大空襲が思い起こされるが、空襲攻撃を受けたのは東京だけではない。北海道から九州まで、ほぼ日本全土が攻撃対象であり、横浜、大阪、神戸といった都市も東京同様に攻撃を受けた。

おざわゆき「あとかたの街(全5巻)」は、名古屋大空襲を中心に、戦争末期から戦後にかけて生き抜いた著者の母の体験を描く。本書および「凍りの掌」により第44回日本漫画家協会賞を受賞している。

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木村あいは、名古屋の国民学校に通う12歳の少女。警防団の団員である父と彼を支え娘たちを育てる母、姉のみね、妹のとき、末妹のすえの6人家族だ。

昭和19年春、戦争は遠い場所で起きていて、自分たちがそこに参加しているという意識はまだまだ薄かった時代。木村あいも自分が戦争に参加している気持ちはこれっぽっちもなかった。それでも、戦争はひたひたと市民の頭上へと足を進めていた。学校の授業は農作業や軍事教練へと変わり、やがて学徒勤労令によって工場勤務が命じられる。子どもたちは親元から離れて集団疎開し、空襲による火災被害の拡大を防ぐために建物の取り壊し(建物疎開)が強制される。

「あとかたの街」に描かれるのは、人生を戦争によって翻弄される市民たちの姿だ。本人の意思に関わらず戦争への協力を強制され、米軍による無差別爆撃によって命を奪われる。

昭和19年末から昭和20年の名古屋大空襲までの間、名古屋の街を襲ったのは米軍による空襲だけではなかった。昭和19年12月、昭和20年1月と続けざまに2つの大地震に襲われ、多くの建物が被害を受ける。3月の名古屋大空襲は、そこに追い打ちをかけるような出来事だった。

名古屋大空襲の場面は圧巻だ。名古屋上空を埋め尽くした爆撃機から降り注ぐ焼夷弾が街を焼き、四方八方から押し寄せる火炎が逃げ惑う人々を翻弄する。敵飛行機を撃ち落とすはずの高射砲はまったく役に立たず、被害は一気に拡大する。防空壕に逃げ込んだ人々は、大火災の中で逃げ場を失い、壕の中で生きながらにして焼き殺される。それは、“地獄”という以外の表現が見つからないほどの地獄だ。

戦争とは悲劇しか生まない。 それは、著者の父のシベリア抑留を描いた「凍りの掌」を読んだときにも感じたことだが、本書「あとかたの街」を読んでみて、さらに深く感じられた。今も世界のどこかで起きている戦争があり、悲劇が繰り返されている。いつか戦争がなくなる日がくると信じたい。