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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

極寒のシベリアに抑留された著者の父の姿と日本に帰ることなく彼の地で命を落とした若者たちの慟哭−おざわゆき「凍りの掌 シベリア抑留記」

戦後70年 書評

戦争は、ありとあらゆるこの世の地獄を生み出す。

各地で完膚なきまでに叩きのめされ玉砕した日本軍。

戦闘ではなく、疲労と飢餓の中で次々と命を落とした兵士たち。

東京をはじめとする本土への無差別爆撃や広島、長崎への原爆投下によって失われた国民の命。

そして、侵攻してきたソ連軍の捕虜となりシベリアでの苛酷な抑留生活を余儀なくされた若者たち。

新装版 凍りの掌 シベリア抑留記 (KCデラックス BE LOVE)

新装版 凍りの掌 シベリア抑留記 (KCデラックス BE LOVE)

 

おざわゆき「凍りの掌」は、著者の父である昌一氏のシベリア抑留生活を描いている。

学徒動員により召集された小澤昌一は、関東軍の所属となり中国東北部ソ連国境近くに予備兵として着任する。日本は着実に敗戦への道を歩み続けていたが、昌一たちにはその状況は当然知らされていない。

ソ連とは中立条約が締結されているので、ソ連満州国侵攻はないとされていた。しかし、8月9日になってソ連は条約を無視して侵攻を開始する。そして終戦。混乱の中でソ連兵による略奪行為や、それまで関東軍に虐げられてきた中国人たちの復讐劇が始まる。昌一たちは武装解除され、そのままソ連軍の捕虜としてシベリアへと連行される。

零下30度、40度にも達する苛酷なシベリアの自然環境の中で、ほんの僅かの食料した与えられずに過酷な労働を強いられる日本人捕虜たち。その過酷さから、ひとりまたひとりと仲間が死んでいく。

シベリアに抑留された日本人の数は、60万人と70万人ともいわれており、100万人を超えるという説もある。抑留者の帰国は、1947年から1956年にかけて徐々に行われたようであるが、その間も苛酷な環境での強制労働は続いていて、シベリアで亡くなった日本人捕虜の数は6万人にのぼる。

シベリア抑留については、話としてきいたことはあったが、具体的な状況についてはまったく知らずにいた。満州ソ連の捕虜となった人たちが、シベリアの地に送り込まれて強制労働に従事し、たくさんの人が死んでいったという表面的な事実だけの知識しかなかった。

今回、「凍りの掌」を読んで、実際にシベリア抑留を経験した人の話を読んでみて、その苛酷さや理不尽さがよくわかったと思う。

戦争が終わり軍隊としての機能を失ってもなお、軍隊時代の上下関係を引きずる旧軍幹部連中。僅かな食料を巡って行われる捕虜同士の諍い。すべての衣服を剥ぎ取られ、凍土の大地に放り捨てられるように埋葬される死体。ソ連共産主義思想に洗脳され、非協調的とみなした仲間を寄ってたかって糾弾する捕虜たち。人間としての尊厳が踏みにじられ、弱った心に共産主義という甘美な誘惑が救いとなって忍び寄る。人間がかくも弱い存在であることを突きつけられた気がした。

本書は、第16回文化庁メディア芸術祭コミック部門新人賞、日本漫画家協会賞大賞を受賞した。こういう作品が、高く評価され、多くの人たちによって読み継がれていくことは、本当にすばらしいことだ。

「凍りの掌」を読むことができて、本当によかったと感謝の気持ちでいっぱいです。

凍りの掌 シベリア抑留記(1)

凍りの掌 シベリア抑留記(1)

 
凍りの掌 シベリア抑留記(2)

凍りの掌 シベリア抑留記(2)

 
凍りの掌 シベリア抑留記(3)

凍りの掌 シベリア抑留記(3)

 
凍りの掌 シベリア抑留記(4)

凍りの掌 シベリア抑留記(4)

 
凍りの掌 シベリア抑留記(5)

凍りの掌 シベリア抑留記(5)

 
凍りの掌 シベリア抑留記(6)

凍りの掌 シベリア抑留記(6)