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【書評】アティーク・ラヒーミー「悲しみを聴く石」(白水社)-アフガニスタンに生まれフランスで作家となった著者によって描かれる静謐な物語

アフガニスタンは、長く激動の場所として歴史を刻んできた。少なくとも、私がアフガニスタンという国を知って以来、現在に至るまでアフガニスタンに関する平和的な話はほとんど聞いたことがない。

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

 

 

本書は、アフガニスタンに生まれ、フランスに亡命して作家となった著者アティーク・ラヒーミーによる中編小説である。翻訳は、「素晴らしきソリボ」で第二回日本翻訳大賞を受賞した関口涼子氏が手がけている。

本書は、著者がフランス語で書いた作品である。著者には他に「灰と土」という作品があり、そちらは母国アフガニスタン公用語であるダリー語で書かれている。「灰と土」は、フランス語に翻訳出版されて絶賛され、著者自ら映画化し、カンヌ映画祭にも出品された。

本書は、フランスの権威あるゴンクール賞を受賞している。原題の「サンゲ・サブール」とはイスラム教の「忍耐の石」を意味するそうだ。「忍耐の石」とは、人々の懺悔を聞き、やがて割れるといわれる石のことであり、本書では妻の話を聞く物言わぬ夫が「サンゲ・サブール」を体具している。

本書に描かれるのは、アフガニスタンとも、別の場所ともとれるある場所にある、とある部屋だ。小説世界は、その限られ、閉ざされた空間を離れることはなく、密室劇として展開していく。

部屋には、戦場で傷を受け植物状態になってベットに横たわる男(夫)と、彼を看病する女(妻)のふたりしかいない。女は、呼吸をするだけで、口をきくことも、まばたきをすることもない男の点滴を交換し、目薬をさす。そして、自らの想いや過去の出来事、その他あれこれを男に語り続ける。それは、まさにサンゲ・サブールへの告白のごとく。

この世界観や舞台設定は、マイケル・オンダーチェ「イギリス人の患者」や、江戸川乱歩「芋虫」を想像させるかもしれない。それらの作品と異なり、本書の世界観はただひたすらに静謐に満ちている。そして、静謐であるが故に、アフガニスタンという国がおかれている状況(戦争、紛争)や女が体験する様々な出来事の悲劇性との対比として深く胸に刻まれていく。

著者の文章は、短く、詩的である。その表現が、ふたりきりの世界を緊迫したものにしている。イスラム教では、女性は敬虔でなければならないとされる。そのイスラム教徒であるはずの女が、自らを売春婦のごとく語り、また、ある若い兵士と褥を共にする。そして、男にそれを語る。それは、凄惨でもあり、幻想的でもある。

今回、このレビューを書くにあたって作品の情報をネットで検索したところ、昨年(2015年)に日本で舞台化されていたことを知った。

悲しみを聴く石 | シアター風姿花伝プロデュース vol.2

この作品が、日本でどのような舞台作品に仕上がっていたのか、大変気になるところだ。

また、「灰と土」と同様に、本作も著者自身の監督によって映画化されている。2013年の福岡国際映画祭で上映されたときの予告編動画を紹介して、本レビューを終わりたい。

■映画「悲しみを聴く石」予告編映像


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