ガタガタ書評ブログ

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温又柔「来福の家」(白水社)-どこにでもある恋人たちの風景や家族の風景。でも、そこには大きく横たわる《台湾》が存在していた。

来福の家 (白水Uブックス)

来福の家 (白水Uブックス)

 

 

縁珠と麦生は恋人同士。大学の中国語クラスで出会った。どこにでもいる普通のカップルだ。

温又柔「来福の家」には、表題作の「来福の家」とすばる文学賞佳作を受賞したデビュー作「好去好来歌」の2編が収録されている。著者の温又柔さんは、台湾で生まれ日本で育った。そうした自分のルーツを探し求めて著した「台湾生まれ、日本語育ち」は第64回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。

 

冒頭に紹介した縁珠と麦生の話は、「好去好来歌」に描かれる物語だ。台湾で生まれて日本で育った楊縁珠と日本で生まれ育った麦生のラブストーリーだ。
縁珠と麦生は、その関係だけで見ればどこにでもいる普通のカップルだし、普通に恋愛してときどきセックスしたりして、当たり前のカップルだ。だが、そこに《台湾人》としての縁珠のアイデンティティが入ってくると、ふたりの関係が違う形に見えてくる。互いが互いのアイデンティティを意識して、どこかギクシャクとした部分が見え隠れする。そして、些細なきっかけからふたりの関係にヒビが入ってしまう。

表題作の「来福の家」は、主人公の許笑笑が役所に住民票を申請する場面ではじまる。大学を卒業後中国語の専門学校に通うことになった笑笑は、入学手続きに必要な住民票をとるための申請書を窓口に提出するが、外国籍のため日本の住民票が発行されないと告げられる。笑笑は日本で生まれたが、両親は台湾人なので笑笑には日本国籍がないのだ。笑笑は、日本で生まれ育ちほとんど日本人である。日本の学校に通い、これからもきっと日本で生きていく。

「好去好来歌」の楊縁珠も、「来福の家」の許笑笑も、台湾人であることで生きづらい思いをしている訳ではない。恋人がいて、友人がいて、家族がいる。もしかしたら私たちよりもずっと幸せなのかもしれない。それなのに、どちらの作品からも悩む姿、迷う姿が浮かび上がってくる。

主人公たちの悩みや迷いは、『日本で生きる外国人』という立場のみで生じるものではない。彼女たちには『台湾人』という立場も存在する。《台湾》という世界の中でポジションが曖昧にされている地域が祖国であるということが彼女たちに与える影響は少なくない。「中国人ですか?」、「中国語を話せるんですね!」と言われるたびに、「台湾人です」、「台湾語です」と、時には声に出し、時には心のなかで彼女たちは訂正する。台湾人である誇りをしっかりと胸のうちに持ちながら、悩み迷う気持ちも払拭できない。それが、彼女たちのアイデンティティだ。

この作品のすごいところは、こうして書き連ねてきたような重く苦しい部分をうまく読者に見せながらも、作品全体としてはユーモアであったり微笑ましさであったりといった優しいストーリーとして描かれていることだ。だからどうぞ、深く考えず、構えずに読んでみて欲しい。まずは作品の良さを感じて欲しい。そして、読み終えたときに胸の中に何かグッとくるものが感じられたら、改めてその感情の理由を考えてみて欲しい。本書は、そういう作品なのだと私は思う。

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台湾生まれ 日本語育ち

台湾生まれ 日本語育ち