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【書評】ウィリアム・トレヴァー「アイルランド・ストーリーズ」(国書刊行会)-追悼ウィリアム・トレヴァー。短編の名手による母国アイルランドの風景と対比する人間の姿

アイルランド・ストーリーズ

アイルランド・ストーリーズ

 

2016年11月20日、アイルランドの作家ウィリアム・トレヴァー氏が亡くなった。享年は88歳。ノーベル賞候補とも言われていた短編小説の名手の訃報に心より哀悼の意を表したいと思う。

ところで、私はこの短編小説の名手である作家の熱心な読者ではない。そんな不熱心な読者である私が、唯一読んでいたのが本書「アイルランド・ストーリーズ」である。

 

本書は、アイルランドを舞台にした短編集である。アイルランドというと、イギリスと対立し、テロ行為が頻発していた時期を思いだすが、本書で描かれるアイルランドはとても牧歌的で平和な印象である。それでも、作品の中にはひょんなことからテロ行為の片棒を担がされることになるアイルランド人の青年を描いたものもあり、背景として綿々と続いてきた複雑な国の情勢を意識させられる。

アイルランド・ストーリーズ」は、日本オリジナルの編纂による短編集であり、版元の国書刊行会からは、前作「聖母の贈り物」に続く第2短編集になっている。

トレヴァーの作品は、1編1編が読者に緊張感を与えるものであり、気軽に読み飛ばすことができない。作品は、ときにユーモアであり、ときに不条理であり、それぞれの作品ごとに、または1つの作品の中で、さまざまなイメージを含有しているように思える。例えば、本書に収録されている「ミス・スミス」だ。

教師であるミス・スミスは、嫌悪する教え子を虐める。しかし、その教え子は、なぜミス・スミスが自分に辛く当たるのかが理解できない。理解できないまま教え子は、ミス・スミスが自分に好意を持っていて、その裏返しで自分に辛くあたっているのではないかと考えるようになる。その後、ミス・スミスは結婚し子供をもうける。すると、彼女と子供の周辺に不可解な出来事が頻発するようになる。子供部屋のガスの栓が開けっ放しになっていたりするといった出来事が続き、彼女の夫は、彼女が育児ノイローゼで正常な行動がとれなくなってきているのではないかと疑う。しかし、彼女には何も思い当るところがない。そして、ついに子供が行方不明になってしまう。彼女が目を離した隙に、庭の門扉が開いて、子供の姿がなくなったのだ。

ミス・スミスの周辺を脅かす不穏な出来事は、かつて彼女が嫌悪し虐げてきた教え子の誤解によって生み出された歪んだ愛情表現によるものだった。この教え子の少年が、次第にミス・スミスへの歪んだ考え方を募らせ、傾倒していく様は怖い。

先述したように、本書に描かれるアイルランドのイメージは牧歌的だ。しかし、その牧歌的な風景の中で描かれる人間は怖い。平和な土地に暮らす人々が見せる歪んだ愛情や生々しい感情、そして優しい愛情がどれも対比的で、その対比がトレヴァーという作家の描き出すストーリーの面白さであるように思える。

■収録作品
1.女洋裁師の子供
2.キャスリーンの牧草地
3.第三者
4.ミス・スミス
5.トラモアへ新婚旅行
6.アトラクタ
7.秋の日射し
8.哀悼
9.パラダイスラウンジ
10.音楽
11.見込み薄
12.聖人たち