タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】村田沙耶香「コンビニ人間」(文藝春秋)−定められたマニュアルの沿って動く。安心よりも恐怖を感じる作品

コンビニ人間 (文春e-book)

コンビニ人間 (文春e-book)

 
コンビニ人間

コンビニ人間

 

先日、新聞の読者投稿ページに掲載された投書のひとつを読んだ。投稿主は70代の男性。内容は、コンビニでタバコを購入する際に毎回求められる年齢確認について、どう考えても見た目で成人とわかる自分のような老人に対しても年齢確認をさせるのは意味がなく、もっと臨機応変に対応できないのか、というものだった。

村田沙耶香「コンビニ人間」は、第155回芥川賞を受賞した作品である。そして、「アメトーーク!」の「読書芸人」の回でピース又吉、オードーリー若林のふたりが2016年のオススメとしてあげたことで、また盛り上がりを見せている作品でもある。

 

本書のストーリーについては改めて書く必要もないだろう。子どもの頃から周囲に心配されるほどに特異な性格で生きてきた古倉恵子が、コンビニという場所でマニュアルに沿って生きることに自らのアイデンティティを見出していく。主人公の狂気が読んでいて怖くなる話だ。

冒頭に紹介した新聞の読者投稿は、まさにコンビニ人間に対する恐怖を表しているように思える。恐怖はおおげさかもしれないが、それに近いような不平や不安を感じる。

コンビニにかぎらず、ファミレスにしてもスーパーやドラッグストアにしても、およそ大規模なチェーン展開をしている接客サービス業のお店では、全国均質な顧客サービスが提供される。北海道でコンビニに入っても、沖縄でファミレスに入っても、まったく変わらない内容の接客が行われる。いつでもどこでも同じサービスレベルが提供されることが来店客に安心感を与えるということなのだろう。

均質のサービスを提供するためには店員の行動のすべてをマニュアル化することになる。つまり、「コンビニ人間」とは「マニュアル人間」ということだ。だけど、それだけのコンセプトで本書が芥川賞を受賞できたわけではない。本書が描き出すのは、マニュアルによって縛られることでしか生きている実感を得られなくなった主人公の狂気である。人間が自ら考えることをやめて与えられたマニュアルの指示によって行動する。そのことの恐怖とともに、そういうマニュアル人間が違和感なく生きていける社会という恐怖が、「コンビニ人間」には描き出されているように思えるのだ。

なるほど、村田沙耶香「コンビニ人間」とはディストピア小説なのだ。

村田沙耶香の作品には、これまでもディストピアが描かれてきた。「殺人出産」も「消滅世界」もディストピア小説だった。「コンビニ人間」は、これらの作品よりは普通の社会を描いている。むしろ、私たちには馴染みの光景である。だからこそ、この作品で描かれる主人公の狂気が、より一層に恐怖を感じさせるのだ。面白いけど本当に怖い作品である。

 

殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)

 
殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)

 
消滅世界

消滅世界

 
消滅世界

消滅世界