読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】北尾トロ、下関マグロ、竜超「町中華とはなんだ〜昭和の味を食べに行こう」(立東舎)-ラーメン、餃子、炒飯、カツ丼、オムライスにナポリタンも!?これぞ町の中華屋さん!

町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう (立東舎)

町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう (立東舎)

 
町中華とはなんだ (立東舎)

町中華とはなんだ (立東舎)

 

 

中学生から高校生くらいの頃、まぁ今からザッと30年以上も前のことだが、我が家ではよく“出前”を頼んでいた。だいたい月に1~2回くらいか多くて3回くらいのときもあったかもしれない。父親の給料日直後なら奮発してお寿司。それ以外は、中華が定番だった、というか中華しか選択肢がなかった。十代中盤くらいの年代は、とにかく無尽蔵に飯が食える年代でもある。いったいその量がどの胃袋に収まったんだっていうくらい、食っても食ってもまだ食えた。そんな食欲のかたまりだった私が決まって注文したのが、チャーシューメンにカツ丼という組み合わせ。今から考えると想像しただけで胸焼けするが、あの頃はそれくらいは平気だったのだ。

 

さて、本書「町中華とはなんだ」は、本書の著者でありライターの北尾トロ、下関マグロ、竜超とその仲間たちによって結成された“町中華探検隊”の活動記である。

そもそも、“町中華”って何? と思うのだが、特に決まった定義があるわけではない。なんとなく、

・チェーン店ではなくて個人経営のお店
・ラーメン専門ではなく、カツ丼やオムライスといった中華以外のメニューもある

くらいの定義に収まっていれば構わないようで、ほとんど探検隊メンバー、主に隊長の北尾トロの気分で決まっているようだ。

町中華探検隊の活動とはこんな感じである。

その日のターゲットとなる町(大久保とか、武蔵小杉とか、業平橋とか)に隊員たちが集合する。時間はおおよそ昼の12時くらい。そこから、町を散策しつつ町中華と認められる佇まいの店を探して歩く(おおよそのラインナップは下関マグロがマップを作成している)。数軒の町中華店をピックアップしたら、隊員が何班かに分かれてそれぞれにピックアップした店で食事し、店や店主の雰囲気、料理の味、店の歴史なんかをチェックする。食事が終わったら喫茶店に集合して、コーヒーなどを飲みながらその日の成果を報告し合う。

なお、探検隊の中では、その町の町中華を探し食事をすることを町の名前をつけて“○○アタック”と呼び(例えば新宿だったら“新宿アタック”になる)、喫茶店でのコーヒー談義を“油流し”(町中華で食べた食事の油や化学調味料(化調)の味をコーヒーで流すことから)と呼んでいる。

探検隊が訪れる町中華店の数々は、どこも昭和の佇まいを残し、長く地元に愛されてきたことが伺える店だ。町中華店で供される料理は、グルメが絶賛するような美食ではない。ラーメンも餃子も炒飯も、レバニラ炒めも野菜炒めも、カツ丼も中華丼も、どの料理も油がギットギトで化学調味料がわんさと入れられている。食べて舌がピリピリするくらい。この食事を常食にしていたら絶対に早死するだろう不健康そうなメニューである。

でも、それが逆に記憶に残る。食事を終えて、「あぁ美味しかった。また来よう」ではなく、「やっぱり不味かった。もう二度と来ない」と思うような店。なのに、何日かするとあの味が舌の奥から湧き上がってきて、無性にあの味が食べたくなってしまうような店。それこそが、“町中華”の醍醐味なのだ。

冒頭に書いた我が家の出前の記憶。あの時食べたチャーシューメンもカツ丼も、今記憶を辿ってみると、「美味かった」という記憶が出てこない。「とにかく盛りがよかった」とか「やたらしょっぱかった」みたいな記憶ばかりが思い出されてくる。あのとき我が家に出前を届けてくれていた店も、きっと“町中華”として認定される店なのだろう。

あの頃出前を頼んでいた店は、今はもう存在しない。本書でも、探検隊が若かりし頃に通っていた店が次々と閉店している。そもそも、町中華探検のきっかけになった出来事が、北尾トロと下関マグロが通っていた高円寺の『大陸』という中華屋の閉店だった。さらに新宿御苑駅近くにあった『来々軒』も、店主の体力の低下(2年連続で真夏に熱中症で倒れたとのこと)を理由に店を畳んだ。こうして、町中華は町から少しずつ姿を消していく。それは、歴史のある町中華店の宿命でもある。長く店を守ってきた店主は年齢を重ねて老いていく。近くに大きなチェーンのレストランができれば、客はそちらに流れてしまい、店に来るのは古くからの常連ばかり。体力の衰え、客の減少であとを継いでくれる人もいない。

町中華店は、いまや絶滅危惧種のようなものか。今まで、あまり意識したことはなかったけれど、本書を読んで町中華の存在が気になりだしてきた。町から店が消えていってしまう前に、少しでも多くの店に足を運んでみたいという気分になった。