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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】キルメン・ウリベ「ムシェ 小さな英雄の物語」(白水社)ー戦争は英雄を作り、英雄を殺す。そこには人間の物語がある

書評 海外文学

本書のラストから引用する。

2010年11月28日、僕たちの娘アラネが生まれた。2011年4月24日、僕の友人アイツォル・アラマイオが亡くなった。一緒に過ごしたほとんど最後の機会となったある日、アイツォルは僕に言った。
「お前は英雄の物語を書くべきだよ」
「でも、僕にとって英雄は存在しないんだ。僕が魅かれるのは人間の弱い部分であって、偉業じゃない。英雄なんて恐ろしい気がするよ」
「そういう英雄のことを言ってるんじゃない。ごくありふれた人たちのことだ。英雄はそこかしこにいる、昔も今も、ここにだって、世界中どこにでも。人のために身を捧げる小さな英雄が」
そのとき僕は黙り込んだ。今では、彼の言ったことは正しかったと思う。英雄はそこかしこにいて、ときに僕らのもとを去っていく。
さあ、これがある英雄の物語だ、僕の最愛の友よ。

 

ムシェ 小さな英雄の物語 (エクス・リブリス)

ムシェ 小さな英雄の物語 (エクス・リブリス)

 

 

 

著者略歴によれば、キルメン・ウリベはバスク地方と呼ばれるフランスとスペインにまたがる地域に生まれ、バスク語を用いて作品を発表している詩人であり作家である。本書「ムシェ 小さな英雄の物語」は、小説デビュー作「ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ」に続く第2作となる。

本書が描くのは第二次世界大戦において反ナチ抵抗運動に参加し、ナチスドイツによって拘束されたロベール・ムシェというひとりのベルギー人の物語である。

貧しい家庭に生まれたロベールは、しかし、友人の恵まれ、家族に恵まれて幸せな人生を送っている。スペイン内戦から逃げ出したバスクの孤児カルメンチュを引き受け、彼女を保護する。しかし、時代は戦争へと突き進み、ナチスベルギーにも侵攻してくる。そんな状況の中で、ロベールは共産主義者となり、レジスタンス運動に加わって反ナチ活動を展開する。

反ナチ活動によってロベールはナチスに拘束され、悪名高いノイエンガンメ強制収容所に収監される。そこでの生活はまさに地獄である。満足に食事を与えられず、劣悪な牢獄に繋がれ、毎日のように仲間が命を落としていく。戦局が、次第にナチス敗北へと進む中で収容所の撤収が始まるが、それはロベールたちの解放を意味するのではなく、むしろ彼らを更に深い絶望へと落としこんでいく。

ロバール・ムシェという人物は、反ナチ活動に加わっていたベルギーの一市民に過ぎず、その名前は、歴史の表舞台に現れる訳ではない。この物語が存在しなければ、彼の名前がベルギーから遠く離れた日本に届き、私たちに知られることはなかっただろう。

しかし、ロベールの家族、友人にとって、ロベール・ムシェとは愛すべき夫、大好きな父、気の置けない親友であり、それぞれの心のなかで永遠に存在し続ける英雄である。その存在の大きさは、何よりも大きく、何よりも恒久的で、何よりも深い。

私たちにも、それぞれに《小さな英雄》がある。人それぞれに存在する英雄は、その人だけの存在であるかもしれないけれど、何者にも代え難い絶対的な存在であるに違いない。「ムシェ 小さな英雄の物語」は、読む人それぞれに存在する《小さな英雄》の存在を改めて気づかせてくれる作品である。

ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ (エクス・リブリス)

ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ (エクス・リブリス)