ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

豊かな環境が豊かな感性を育てる−レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」

子供の頃。まだテレビゲームがなかった時代。私たちの想像力をかきたてたもの。
海や山や野原や森、もっと身近な公園の植え込みや通学路の道端に生える雑草の群れ。
そこには、本当に様々な動植物が生きていて、子供たちを驚かせたり、喜ばせたりしていた。
子供は、時に優しくなり、時に残酷になった。そうやって、善と悪を身につけていったのかもしれない。
少しずつ成長していった子供は、やがて大きな想像力も身につける。
蟻が集団で大きなバッタの亡骸に群がっていれば、女王のために懸命に働く彼らの世界を想像し、エールを送る。まぁ、中には残酷に踏み潰す輩もいたりする。
寒い朝に、地面からニョッキリと立ち上がっている霜柱をザクザクと踏みつけるときの快感にウットリする。真夜中に降り積もった雪が真っ白に広がる雪原に初めての足跡をつける楽しさを知る。
豊かに想像する感性を有する子供は偉大だ。
目にするモノ、耳にするモノ、口にするモノ、そして胸いっぱいに吸い込んだ空気のもつ様々な匂い。ありとあらゆるものから、子供は独自の感性を育み、それぞれの世界観を構築することができる。
それこそが「センス・オブ・ワンダー
子供たちの感性を育むために豊かな環境を与え続けることが、私たち大人に与えられた使命であるならば、子供たちに恥ずかしくない環境を作らなければならない。
自然との共生だけではない。
人々が争うことなく、共生できる社会。
押さえつけるばかりではなく、自主性を育てるための教育。
他人を他人として認め合える人間関係。
翻って、今の世の中は、子供たちに恥ずかしくない環境になっているだろうか。
レイチェル・カーソンが、ロジャーに与えたような豊かな自然や豊かな環境に匹敵するような環境が、今の子供たちに与えられているだろうか。
センス・オブ・ワンダー」が出版されたのは、1965年のこと。
それから半世紀が過ぎて、便利さは飛躍的に向上した。その一方で、考える力、想像する力が失われてしまったような気もしている。
今一度、私たちが置かれている環境を見直して、本当の豊かさについて考えてみることも必要なことなのかもしれない。

センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー