タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ロボット・イン・ザ・システム」デボラ・インストール/松原葉子訳/小学館-大好評タングシリーズ第6弾。ベンとタング、そしてチェンバーズ家に訪れる区切りのとき。

 

 

生意気だけどかわいくて憎めないロボット・タングとちょっと頼りないダメ男ベンを中心とするチェンバーズ家の奮闘の日々を描くシリーズの第6作となる作品です。

ある日突然、庭にロボットが現れたことから始まったタングとベンの物語も巻を重ねること6回。シリーズ第6作となる本書では、チェンバーズ家にとってターニングポイントとなる大きな事件が起きます。

前作「ロボット・イン・ザ・ホスピタル」では、ベンの骨折や火傷、ベンの姉ブライオニーの交通事故など受難続きだったチェンバーズ家。そんな中でも、タングやボニーはそれぞれに自分の道を歩んで成長していきました。チェンバーズ家にとっては、平和な日々です。

本書では、シリーズ第4作「ロボット・イン・ザ・ファミリー」で登場した介護ロボット・フランキーが面倒をみている老婦人ソニアが退院してチェンバーズ家にやってくるところから物語が始まります。ソニアは一風変わった老婦人ですが、ボニーの才能を認め、ボニーも彼女には一目置いているようです。そして、チェンバーズ家の隣りに住むミスター・パークスは、どうやらソニアに惚れている様子があります。

そんな賑やかで平和なチェンバーズ家に東京で暮らすカトウたちが突然訪ねてくることになります。なぜ急にカトウたちはベンたちに会いに来るのでしょう。その背後には、平和に暮らすベンやタングたちを脅かす存在がありました。

第4作、第5作と進んでいく中で、家事や育児、ご近所との関係や親戚関係などなど、いろいろとてんやわんやになりながらも、微笑ましい家庭の日常を描くようになっていたシリーズですが、第6作となる本書はガラリと雰囲気が一変します。東京からやってきたカトウは、ベンとタングの身の回りに起きた大なり小なり様々な出来事の背景には、タングやジャスミンの開発者であり、現在は捕まって刑務所に収監されているボリンジャーの存在があるとベンに告げます。そして、ベンとタングにボリンジャーに会うように頼んでくるのです。もちろんベンは猛烈に抗議します。タングをボリンジャーに会わせるわけにはいきません。しかし、事態は彼の思うようにはなりません。ベンは、タングが望んだ場合のみタングをボリンジャーに会わせることを条件とします。

こうして、シリーズ第6作は不穏な空気をまといながら物語が進行していきます。ですが、その一方でタングの初恋という微笑ましいエピソードも用意されています。一緒にボードゲームを楽しむクレアとの関係と、自分はロボットであり人間とは違うのだという絶対的な事実に悩むタングの姿には、これまでのシリーズを通してタングを愛してきた読者として「がんばれ!」と背中を押してあげたくなります。

ラストは、ベンとタング、ボリンジャー、そしてある人物の登場により物語は衝撃的な結末を迎えます。その結末がチェンバーズ家にどのような運命をもたらしたのか。ベンとタングの物語には、ひとまずの区切りが訪れたとだけ記しておきたいと思います。

シリーズがいったんの区切りを迎えたことを受けて、シリーズを通した感想も記しておきたいと思います。

シリーズを全体と通じて感じるのは、この物語が多様性を描く物語だということです。ある日突然自宅の庭に現れたタングというロボット。ベンにとってタングは異質の存在です。ですが、ベンはタングを受け入れ、彼のために行動し、彼を息子として受け入れます。やがてベンにはボニーという娘が生まれ、彼女には自閉症があることがわかります。タングも成長するにつれて自我が芽生え始め、人間の家庭で暮らすロボットという異質な自分の存在に悩みようになります。こうした複雑な家族関係の中で、ベンも妻エイミーもタングとボニーを分け隔てなく育て、ともに悩み、ともに喜び、ともに笑える家庭を築いていきます。タングとボニーを育てる中で、夫婦の絆は強くなり、シリーズ開始当初はギクシャクしていたふたりの関係も次第に修復されていきます。

ベン・チェンバーズという男は、ちょっと情けないダメ男キャラとして描かれていますが、その反面で心の広い、芯の強い人間でもあります。もし自分がベンの立場にあったら、もう何もかも放り出して逃げ出したくなるでしょう。なので、シリーズを通して次々と降り掛かってくる厄介事をどうにかこうにか頑張って乗り切っていくことで人間として成長するベンは、ダメ男なんかじゃ全然ない、むしろ強くてカッコいい人なのです。タングの姿にばかり目がいきがちですが、この物語の主役はやはりベン・チェンバーズなのだと思います。

著者はあとがきの中でこう記しています。

ここまで読まれて、“これでタングの冒険は終わりなの?”と思われた方もいらっしゃるかもしれません。そうでないことを、私自身、切に願っています。タングとその作家にとって、これは終わりではなく、しばしのお休みです。新しいことを学び、未知の経験をし、さまざまなものを読んだり書いたりして、いつか、まっすぐで誠実なところはそのままのタングの冒険の続きをお届けするための、充電期間です。

いつかきっと、今よりもっと成長したタングやボニー、そしてベンを中心としたチェンバーズ家の人たちに再会するときがくると願っています。