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「芝木好子小説集 新しい日々」芝木好子/書肆汽水域-物語の中に巧妙に仕込まれた本質が表出したときにゾワッとした気持ちになる珠玉の短編集

 

 

横田創「落としもの」多田尋子「体温」太田靖久「ののの」と注目すべき作品を毎年出版している書肆汽水域が、今年刊行したのは芝木好子の短編集だった。

芝木好子は、1914年生まれで1941年下期の芥川賞(第14回)を「青果の市」で受賞した作家。1991年に亡くなっていて今年(2021年)は没後30年にあたる。命日は8月25日で、本書「芝木好子小説集 新しい日々」の発行日も同じ8月25日になっている。

本書は、芝木好子が発表した短編のうち花にちなんだ作品を集めた小説集である。今回も書肆汽水域の北田博充さんからご献本をいただいた。ありがとうございます。

収録されているのは次の8篇。

新しい日々
脚光
白萩
晩秋
冬の梅
遠い青春
老妓の涙
十九歳

表題作の「新しい日々」は染色工房が舞台。工房の主人が百合という若い娘を連れて帰ってくるところから話が始まる。なにやら訳ありな様子ながら工房の仕事に興味をもって取り組む百合と、彼女の図案のデザインセンスに驚きそして女性としても好ましく感じている工房の息子夏雄、さらには職人の雄次という青年も登場し、話は男女の恋愛模様や家族との確執などに進展するかと思わせるが、ラストは意外なほどに、まるで穏やかに押し寄せてきた波がそのまま穏やかに引いていくように終焉を迎える。

こう書いてしまうと退屈な小説のように思われるかもしれないが、収録された小説のひとつひとつには、ちょっとした表現に怖さを感じさせる巧みさがある。

「脚光」は、ある建築家の家で家政婦として働く女性からみた家族の姿が描かれる。オペラのプリマドンナとしての栄光を諦められず、我が子も家庭も省みることなく性懲りもない夢を追い続けるおくさまを、家政婦は冷ややかにみつめている。おくさまが家を出ていったとき、彼女はこう感じる。

おくさまのいないこの家の生活は、私とは不似合いな、不調和な、無縁のものにすぎない。私にとってはおくさまの在ることが、私の生きるあかしであった。私は闘ったり、つくしたり、たのしんだり、心配したりした。私はそこに仮託して生きた張りのある日々を忘れないだろう。

この場面を読んだときにゾワッとした。それまでに読んできた物語の中に描かれてきたこと、そしてその深淵に巧妙に見え隠れしていたものが、ここで解き放たれたのだと感じた。

こうした巧妙に仕組まれた物語の本質が、ある場面でスッと姿を表してくる。8篇の小説たちには、必ずどこかにそういう巧妙さが仕込まれている。だからこそ、どの作品も読者はしっかりと向き合って読む必要があると感じた。

芥川賞作家という経歴を持ちながら、没後30年、失礼ながら存在が薄れていた作家芝木好子。私自身、書肆汽水域からこの「芝木好子小説集 新しい日々」が刊行されなければ、もしかしたらこの先もずっとこの作家の存在も作品の豊穣さも知らないままでいたかもしれない。

最後に本書の装幀の話。本書には4種類の装幀がある。オリーブ、コルク、ボルドー、インディゴ。瑞々しさを感じさせるものから、円熟の渋みを感じさせるものまで揃っている。「梅田 蔦屋書店」のWebサイトが一番じっくりと書影を確認できるので、ぜひアクセスして見てみてください。どれも素敵で手に取りたくなります。

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