タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「体温」多田尋子/書肆汽水域-誰かに依存しているようでいて、しっかりと自分自身で自立している女性たち。30年以上前に書かれた作品なのに、むしろ新しさを感じる短編集。

 

 

1932年長崎県生まれ。日本女子大学国文科を卒業。1985年に短編小説「凪」を「海燕」に発表し小説家デビューする。1986年に「白い部屋」で第96回芥川賞候補となり、その後「単身者たち」「裔の子」「白蛇の家」「体温」「毀れた絵具箱」で計6度候補なる。著書に『体温』『秘密』『仮の約束』(いずれも講談社刊)などがある。

巻末に記された略歴にあるように、著者の多田尋子は54歳で小説家デビューするや芥川賞候補に史上最多となる6回も候補にあがった作家である。

本書「体温」は、多田尋子の数ある作品の中から、芥川賞候補になった「体温」「単身者たち」に「秘密」を加えた3篇が収録されている。大人の恋愛小説集だ。

「体温」の主人公率子は、8年前に夫に先立たれ、1年前には父親を亡くして娘とふたりで暮らすシングルマザーだ。夫の同僚だった小山からアパート建築の件で世話になっているうちに、いつしか互いに恋愛感情を持つようになる。だが、その関係は一途に燃え上がるような恋愛ではなく、互いが互いの立場や気持ちを汲んで、冷静に対応する関係性だ。そんな関係が、ときに読者を不安にさせ、一方で安心させる。激しく盛り上がる恋愛ではないが、こういう恋愛もあるだと感じさせる。

「秘密」には、ある複雑な家庭事情を共有する兄妹が登場する。主人公となるのは妹の素子だ。ふたりが共有する事情によって、素子は自分は一生結婚はしないと決めている。製薬会社が発行する育児雑誌の編集員として働く素子は、同じ編集室の森下から告白を受けるが、それを断ってひとりでいることを選択する。そこには、彼女なりに考えた強い信念があり、その信念の土台となっているのが彼女自身の複雑な境遇なのである。

「単身者たち」の主人公計子は、2ヶ月ほど前に同居していた母親を亡くした40過ぎの独身女。ある日、偶然入った古道具屋で店番を募集していることを知り雇ってもらうことになる。古道具屋の主人原口は、昼間はほとんど絵を描いてすごしているような人物で、店で働くうちに計子は少しずつ彼を意識するようになっていく。そして、少しずつ原口の過去を知っていく。

3つの作品に登場する主人公たちは、それぞれがさまざまに事情を抱えてひとりで生きることを決めた女性たちだ。彼女たちは、近くにいる男性(亡夫のかつての同僚、同じ秘密を共有する兄、古道具屋の訳ありな主人)に頼って生きているように見えるが、実際は自分自身の足でしっかりと立ち続けている。それゆえに、そこに描かれる物語は、恋愛小説でありながら男女の艶めかしさはむしろ希薄で、大人同士の落ち着きを強く感じさせる。

率子や素子や計子に共感できる読者は、もしかしたら少ないかもしれない。だが、共感はできなくても理解はできるのではないか。彼女たちが抱えるそれぞれの事情は、私たち読書の中にも同じように抱える人があるだろうし、自分自身が同じでなくても、そういう事情を持った人がいるということを想像し理解することはできるだろう。

彼女たちの事情を理解できるからこそ、3つの物語は読んでいて心に刺さってくるのだと思う。「自分だったら?」と考えながら作品の世界に入り込むから、先が気になるし、彼女たちの考え方や行動に、あるときは共感できたり、あるときは反感を覚えたりする。それは、彼女たちが特別な人間なのではなく、どこにでもいる普通の人間だからなのだと思う。彼女たちの存在が身近に感じられるからなのだと思う。

本書に収録された作品はどれも、そんなふうに、いつの間にか主人公たちや他の登場人物たちと意識が同調してしまうような小説だった。多田尋子という作家の存在は、これまで不勉強でまったく知らずにいた。今回この作品集によって、約30年ぶりに多田尋子の作品が私たちの知るところとなり、作家の存在をリアルタイムで知ることのなかった新しい読者を発掘することは幸せなことだと思う。

昨年(2018年)、横田創「落としもの」に出会ったときに「こんなすごい作家がいたのか!」と驚いた。またこうして、今度はまったく違う作風の多田尋子という作家がいたことを教えられた。どちらも、書肆汽水域の功績だと思う。これからも書肆汽水域に注目していきたいと思っている。

 

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