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【書評】林典子「キルギスの誘拐結婚」(日経ナショナルジオグラフィック社)-花嫁を強引に誘拐し結婚してしまうというキルギスの驚くべき慣習

結婚というのは、男女が互いに出会い、好きになり、愛を育み、結ばれることであるはずだ。しかし、世界にはそういう常識では考えられないような風習、慣習というものがあって、私たちから見るとあまりに非常識と思えるようなことが平然と行われていたりする。

キルギスの誘拐結婚

キルギスの誘拐結婚

 

 

キルギスの誘拐結婚」は、中央アジアのやや西よりに位置する小国キルギスで行われている結婚の慣習を取材した写真集である。著者は、現地におよそ5ヶ月間暮らし、キルギスの住民たちの生活に密着して取材を重ねて本書を出版した。

キルギスで行われている“誘拐結婚”という因習とはどういうものか。

男性は、自分が好きになった女性を、相手の意向は完全無視して強引に拉致誘拐して家に連れて帰る。女性は、当然抵抗するし、結婚を承諾するはずもない。そこへ、男性の一族が集結し何時間にもわたって女性に結婚を迫る。女性は必死に抵抗するが、長時間の説得に疲れ果て、最終的には結婚を受け入れれてしまう。

もちろん、キルギスにおけるすべての結婚が“誘拐結婚”であるわけではない。誘拐されて結婚を強要されても、中には、男性一族の説得に耐え、結婚を拒否する女性もいるし、誘拐結婚という形をとっているが、実質的には駈落ち婚というケースもある。

キルギスで行われているこの悪しき因習を知った著者は、キルギスを訪れ、実際の誘拐結婚の様子を取材する。

著者は、ジャーナリストである以前にひとりの人間として、女性を誘拐し結婚を迫るという犯罪的行為を観察者として撮影し取材することの葛藤に苛まれる。だから著者は、もし取材の中で誘拐された女性の命に関わるような事態が起きた場合には、正しい行動に出ると決めて取材にあたる。

取材は、誘拐結婚のリアルな現場とその後の夫婦の姿を追う。結婚後、子供を授かり表向きは幸せな夫婦生活を送っていても、女性の表情からは心からの幸福感は見出だせない。

そもそも、誘拐結婚はキルギスでも法的に認められない犯罪行為だ。しかし、現実は堂々と誘拐結婚が行われている。学校で生徒たちに正義とは何かを教えるはずの教師でさえ、多少のためらいはあるにしても、親族からのプレッシャーに押し切られるように、そして自らの感情を制御できずに、誘拐結婚へと走ってしまう。警察や裁判所も誘拐結婚は家族間の問題として真剣には取り合わないという。

女性の人権や感情を無視して強引に行われた婚姻が、幸福な結果をもたらすとはとうてい考えられない。それでも、キルギスでこの悪しき因習が廃れることはないように思える。このような風習をその国の文化として見るか、野蛮な行為として見るか。世界の常識というのは、それを判断する国によって変わってしまう。日本人の常識がすべての世界に通じるわけではない。そのことは当然のように理解していたつもりだが、本書を読んで、世界の奥深さというものをまざまざと見せつけっれたような気がした。