「恩師」と呼べる人はいますか?
- 長い人生の中で、生きていくための道標を示したくれた人
- 未来を見失って迷っている時に手を差し伸べてくれた人
- 誤りを正し、真剣に叱ってくれた人
- ただただ、優しく見守って、安心を与えてくれた人
東村アキコの自伝的マンガ「かくかくしかじか」は、東村アキコが美大受験から学生生活、そしてマンガ家としてデビューし売れっ子になるまでを描いた自伝マンガである。そして、東村アキコが高校の時に出会い、その後亡くなるまで、あるときは振り回され、あるときはそっと見守られていた恩師・日高先生との日々を描いた作品でもある。
宮崎で高校生活を送っていた林明子は、マンガ家になることを夢見て美大への進学を希望する。友人から紹介された予備校(というか絵画教室)に通うことにした明子は、そこである人物と運命的な出会いをする。
それが、生涯の恩師となる日高健三であった。
日高先生は、とにかくハチャメチャな人物であった。ただひたすらにデッサンだけを繰り返させる。生徒は、無駄口も一切挟まずにキャンバスと向き合う。生徒の絵には容赦なくダメ出しを、時には竹刀を振り回したりもする。生徒が泣き出そうがおかまいなし。それでも、通ってくる生徒が絶えないのは、日高先生の熱意と実績によるものだった。
最初はすぐに辞めるつもりだった明子も、気づけば休まずに教室に通い、やがて金沢の美大に合格し入学するが、大学時代は絵を描くことができず、無為な4年間を過ごしてしまう。
卒業後実家のある宮崎へ帰った明子は、就職し、仕事の傍ら応募したコンテストで認められてマンガ家としてのデビューが決まる。マンガ家としてのキャリアを積み重ねるため、明子は大阪へと拠点を移す。
明子が無為なままに大学生活を送っている間も、実家に帰って就職し、仕事の傍らでマンガ家としてのデビューが決まった時も、作品の連載が決まり大阪で暮らした時も、日高先生は、明子をいつも見ていた。そして、口うるさいくらいに、「絵を描け」と繰り返した。
日高先生に癌が発見され、余命わずかと告げられてからも、いや、余命を告げられてからの方が、日高先生のバイタリティは爆発し続けた。それは、明子や他の生徒、弟子たちにしてみれば、先生らしいところでもあるし、迷惑なところでもあった。
先生は亡くなり、それから月日が流れて、東村アキコは売れっ子のマンガ家になった。「ママはテンパリスト」も「海月姫」も、大ベストセラーとなった。
そんな東村アキコが、心の奥底にずっと抱えていたもの、それが、恩師である日高先生の存在だったのではないか。だけど、それはすぐに、そして簡単に描くことはできないものだったのだろう。そして、ようやくこうして「かくかくしかじか」が描かれた。
「かくかくしかじか」は、「マンガ大賞2015」で大賞を受賞した。受賞のコメントで東村アキコは、
「そもそもこの作品を描くつもりはなかった」
「あくまでギャグのつもりだった」
「自分の恥ずかしい部分をさらけだす作業だから、毎回早く終わらせた」
と、ギャグ漫画家らしい発言をしているが、やはり心には、この作品を描くことがもつ自分自身への意味と、先生への尊敬と畏怖がある。
※以下コメントは、「エキレビ!:東村アキコ「もともとマンガにするつもりはなかったんです」マンガ大賞2015受賞式レポ」から引用しました。
「自分にとってのベースは先生に教えてもらったあの数年間にある。ウソを描けば簡単だと思います。でも、ウソを描いたら先生にぶっ殺されるという恐怖心も……(笑)。これは避けられないことだと、腹をくくって向き合うことにしました」
そして、東村アキコの思いは、作品を通じて読者に、そして彼女をサポートするアシスタントたちにも伝わっていく。
「最終回は……みんな泣きながら描いてました。泣いているアシスタントに、泣いてる私が『泣かないで、そこのベタを塗って!』って。あれはすごく不思議な感覚で、悲しいという気持ちもあったけど『描く』ことの意味を感覚的に共有できた。先生の言ってた言葉がアシスタントさんに入っていった。エヴァで言うシンクロ率99%! みたいな」
受賞コメントの最後で、東村アキコは日高先生の存在についてこう語っている。
「先生のおかげでこういう賞もいただけたし、もちろん感謝の気持ちや言葉もいっぱいあります。でも存在が唯一無二過ぎて、先生っていったいなんなんだろう……って。その答えを探しながら、私は生きていくんだと思います」
東村アキコは、マンガ家として成功した。そして、その根底には日高健三という恩師の存在があった。
東村アキコにおける日高健三のような存在が、私たちにあるだろうか。もし、あるとしたら、それは実に幸せなことに違いない。でも、もし、そういう存在がいないとしても、それはそれで幸せなことなのかもしれない。なぜなら、これから「恩師」と呼べる存在に出会える可能性を残しているということなのだから。
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- 作者: 東村アキコ
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