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日本でも屈指のホームズ研究家が描き出すホームズ・パスティーシュの世界-北原尚彦「シャーロック・ホームズの蒐集」

シャーロック・ホームズは、言わずと知れた世界でもっとも有名な私立探偵である。

作者のコナン・ドイルは、シャーロック・ホームズが活躍するシリーズ小説を、長編4編、短編56編の計60編執筆した。

ドイルが執筆した作品の他に、ホームズを主人公とする作品は小説、映像を問わず多数製作されている。中でも、シャーロック・ホームズ物の作品スタイルを忠実に模倣した、いわゆる「パスティーシュ小説」は著名な作家も執筆しており、それだけで作品集が多数出版されているくらいだ。

シャーロック・ホームズの蒐集

シャーロック・ホームズの蒐集

 
シャーロック・ホームズの蒐集

シャーロック・ホームズの蒐集

 

北原尚彦「シャーロック・ホームズの蒐集」も、そんな「ホームズ・パスティーシュ小説」のひとつである。著者は、日本全国のみならず世界中の古書店を巡る古本者であり、中でもシャーロック・ホームズ関連の古書は、国内国外はもとより、ジャンルも体裁も問わずに蒐集している。
※その辺りの顛末は、喜国雅彦の「本棚探偵シリーズ」にもたびたび登場する。

そんな、日本を代表するシャーロキアンの北原氏が、2014年にたてつづけに3冊の「ホームズ・パスティーシュ小説」を発表した。本書「シャーロック・ホームズの蒐集」以外の2冊は下記の通り。

 「ジョン、全裸連盟へ行く」(ハヤカワ文庫)
 「ホームズ連盟の事件簿」(祥伝社

シャーロック・ホームズの蒐集」には、6編の短編が収録されている。いくつかストーリーを紹介。

有名百貨店の輸入家具配送馬車の配送遅延事案が連続する。調査を依頼されたホームズは、ワトソンとともに遅延常習者の馭者を訪ねるが、彼は公園の池で死体で発見される。単純なサボタージュ事件と思われた事件は、ホームズの調査と推理によってある国際的な事件と関連することが判明する。
・・・「遅刻しがちな荷馬車の事件」

ある日、家庭教師につきそわれて少女がベーカー街221Bを訪れる。彼女の祖父は、著名な資産家で、数年前に妻を亡くしてる。少女は、祖父の様子が最近おかしいこと、祖父のもとに脅迫状らしく手紙が届いたことをホームズに告げ、自分の小遣いを報酬に祖父を取り巻く事件の解決を依頼する。ホームズが調査に乗り出すと、事件は思わぬ方向に展開していく。
・・・「憂慮する令嬢の事件」

その他の収録作品は以下の4編である。

「結ばれた黄色いスカーフの事件」
ノーフォーク人狼卿の事件」
「詮索好きな老婦人の事件」
「曲馬団の醜聞の事件」

収録されている作品は、いずれも「語られざる事件」をコンセプトにしている。シャーロック・ホームズ物語全60編の作品中で、「○○の事件を解決したあと」とか「ちょうど○○の事件に取り組んでいる最中のことだ」といった感じで、存在が匂わされるだけだった事件をストーリー化したのである。

生粋のシャーロキアンが書いているだけに、まるでドイルの未発表原稿が発見されたかのようなリアリティを感じる。そして、このオリジナルのホームズ物語に忠実なスタイルで書かれることこそ、ホームズ・パスティーシュ小説の絶対条件といってもよい。(これが、もうちょっと崩れたスタイルになると、パスティーシュというよりはパロディの色が強くなってくる)

話の導入、展開、そして真相へとつながるストーリー。登場人物であるホームズ、ワトソン、マイクロフト、レストレイド、ハドソン夫人、そして事件の依頼人たち。どの要素をとっても、オリジナルの世界観そのままのホームズストーリーとなっている。

ホームズ物を読み込んできた読者も、あまり読んだことのない読者も、どちらも楽しめる作品になっているのではないだろうか。