以前にアップしたアクロイドを殺したのはだれかで、エルキュール・ポワロの推理の誤りを分析してみせたピエール・バイヤールが、シャーロック・ホームズの名推理にも疑義を唱えたミステリ評論である。
シャーロック・ホームズの誤謬 (『バスカヴィル家の犬』再考) (キイ・ライブラリー)
- 作者: ピエール・バイヤール,平岡敦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/06/29
- メディア: 単行本
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (4件) を見る
今回の題材は、かの名探偵シャーロック・ホームズ。取り扱う作品は「バスカヴィル家の犬」である。著者は、「バスカヴィル家の犬」でのホームズの推理には重大な誤謬があるという。
今回も「アクロイドを殺したのはだれか」レビューと同様に、「バスカヴィル家の犬」の結末に触れているので、作品を未読の場合はご注意を!
「バスカヴィル家の犬」のストーリーは今更説明するまでもないが、簡単に言うと、バスカヴィル家の当主を巡る連続殺人事件の謎をホームズが解明するというもので、最終的には犯人(というか凶器か?)は犬だったという結末である。ホームズは、自らの推理理論に基づき収集した証拠や状況から判断して結論に至ったわけだが、著者はこの結論に大いなる疑問を呈する。著者が疑義をもったのは以下の3点。
①チャールズ・バスカヴィルは本当に犬に襲われそうになった恐怖で心臓発作を起こして死んだのか?
②チャールズを襲うためにけしかけられた犬が、目の前で相手が死んだからといって、それを認識して襲うのを止めるのか?
③そもそも、犬は本当にチャールズやヘンリーを襲おうとしていたのか?
これらの疑義を念頭に、ステイプルトンを犯人とするホームズの推理の誤りを検証していくのである。
著者は、作者のコナン・ドイルが、ホームズ物ばかりが脚光を浴びてしまう状況に困惑し、自分が本当に書きたい小説(冒険小説や歴史小説など)が書けない状況にあったことがひとつの要因であると考える。ドイルは、他の作品に取り組むためにホームズをライヘンバッハで殺したが、それが読者による圧倒的な非難(その中にはドイルの母親によるものも含まれる)に晒され、渋々ながらホームズを生還させる。そのことが、ホームズに対する憎しみとなってしまったのではないかという事実も暴いていく。
著者の分析によれば、「バスカヴィル家の犬」の中にも、ドイルのホームズ憎しの感情が現れているという。それが、ホームズの推理の誤謬に繋がっているとも言えるのだ。
もちろん、「バスカヴィル家の犬」はフィクションであるし、シャーロック・ホームズも架空の人物である。しかし、あまりにその存在が大きくなってしまったが故に、読者はもちろん作者のドイルでさえホームズとの関係に苦悩するようになってしまったというのはなんとも奇妙な話である。
このような推理の検証やホームズが見逃した事象の積み重ねから、著者は事件の犯人をステイプルトンの妹(実は妻)ベリルであると導き出す。その推理の内容はなるほど納得できそうに思える。本書は実に面白い試みだと思える。
バスカヴィル家の犬―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)
- 作者: アーサー・コナンドイル,Arthur Conan Doyle,日暮雅通
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2007/07
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 8回
- この商品を含むブログ (29件) を見る