【ネタバレ注意!】
今回のレビューでは、アガサ・クリスティ「アクロイド殺人事件」の内容についてネタバレを含む記述がありますので、同作を未読の場合は以下の記事を読まないようにね!
「アクロイド殺人事件」といえば、ミステリー界の女王アガサ・クリスティーの数ある作品の中でも特によく知られた作品だろう。それは、「アクロイド」がミステリー小説としてはある意味反則とも言える作品だからに他ならない。
- 作者: ピエールバイヤール,Pierre Bayard,大浦康介
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2001/09
- メディア: 単行本
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「アクロイド殺人事件」のあらすじ(ネタバレあり)を簡単に説明しておく。
物語は、密室状態の書斎でロジャー・アクロイド氏が殺害され、その犯人と密室のトリックをクリスティ作品ではおなじみ灰色の脳細胞の持ち主エルキュール・ポアロが解決するミステリだ。作品の語り部はアクロイド家とも親交のあるシェパード医師である。ポアロはいつものように持ち前の洞察力を駆使して事件の真相に迫り、ある結論を導き出す。
「アクロイド殺人事件」の結末はあまりにも有名なので、作品を未読でも、その犯人とトリックだけは知っているという人もいるだろう。ネタを明かすと、事件の犯人は作品の語り部でもあったシェパード医師である。本来、読者に対して正しく情報を伝える役割を担うはずの語り部が犯人という驚愕のトリック(意図的に読者のミスリードを誘うタイプの叙述トリック)には、発表当時も現在も賛否両論ある。
本書「アクロイドを殺したのはだれか」は、作品のアンフェアな仕掛けに対する賛否に関して書かれたものではない。本書が主題として扱うのは、「シェパード医師は本当に犯人なのか」という点である。
著者は、あらゆる面でシェパード医師犯人説には与しない。例えば、ポアロがアリバイ工作に使用したと推理したディクタフォン(今で言うところのテープレコーダ)のトリックであるが、そもそもシェパード医師は機械いじりは得意とされているが、事件を起きたときに短時間でポアロが指摘したようなトリック(ディクタフォンに時限装置を取り付けて指定の時間に起動させる)を実現させるのはかなり困難であると指摘する。また、シェパード医師が犯人に仕立てあげようとしたペイトンという人物がどうして複数の靴を持っていたのか(シェパード医師はペイトンの靴を盗み出して、その痕跡を現場の窓枠に付けることで嫌疑の眼を向けさせようとした)。といった、シェパード医師を犯人とするには疑問が多数あるのだと指摘する。その上で、ポアロによるシェパード医師犯人説は、ポアロの妄想によるものだと糾弾する。著者は、フロイトら精神分析学者の論文や研究資料に基づき、ポアロが妄想癖のある人物であると仮定し、分析を試みる。そして、ポアロがある特定の事実により自身の信ずる方向にのみ舵を切りやすい性格であると指摘するのである。
結果的に著者は、犯人はシェパード医師ではなく、その姉であるキャロラインだと指摘する。キャロラインには、類まれな情報収集能力があり、また外部からアクロイド家に近づいても、それほど不審がられることもない。アクロイド氏もキャロラインを書斎に入れることに抵抗はないだろう。そして、何よりキャロラインについては事件当日の足取りがまったくの不明なのだ。これは、弟であるシェパード医師が自らの手記において意図的に姉の存在をぼかしたと考えられる。著者が考える事件の構図は、弟シェパード医師の弱み(ある婦人を脅迫していた)がアクロイド氏に伝わったと知った姉キャロラインがアクロイド氏を殺害する。それを知ったシェパード医師は、姉の身代わりとして事件の犯人となって罪を引き受け自殺する。ポアロは、この二人の間でただ妄想をたくましくしていただけ、というものなのである。
ミステリーを論ずるに様々なアプローチがなされてきたが、作者の設定した事件の構図や名探偵とされる登場人物の推理に対する疑義、真犯人の探求といった、ある種、作品の基本ラインを否定するようなアプローチでもって作品の魅力を再発見させるものは珍しい。そのアプローチが、実にスリリングであり、改めてクリスティの作品を読みたくなった。
- 作者: アガサクリスティー,Agatha Christie,羽田詩津子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/12
- メディア: 文庫
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- 作者: アガサクリスティ,Agatha Christie,大久保康雄
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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