タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ガラム・マサラ」ラーフル・ライナ/武藤陽生訳/文藝春秋-インド発のミステリーだからってタイトルが「ガラム・マサラ」? なんか安直だなぁと思ったら中身はすごかった!

 

 

私はほとんどみていないのですが、インド映画(ボリウッド映画というそうです)がちょっとした(ちょっとどころじゃない?)ブームになっているみたいですね。本書巻末の解説でも、「バーフバリ」や「RRR」といった映画タイトルが取り上げられています。

ラーフル・ライナ「ガラム・マサラ」は、インド発のミステリー小説です。謎解きよりはサスペンスの要素が強いかなと思います。

物語は、本書の主人公であり語り部である僕(ラメッシュ・クマール)がルドラクシュ・サクセナ(ルディ)という青年とともに何者かに誘拐されて監禁されている場面から始まります。なぜ、このような事態に陥ってしまったのでしょうか。そこに行き着くまでの顛末を、ラメッシュがまだ幼い子どもだったときの話から描いていくのが「ガラム・マサラ」のストーリー構成です。

主人公ラメッシュ・クマールは、教育コンサルタントを生業としています。コンサルタントといっても実態は替え玉受験です。金持ちのドラ息子に代わって全国共通試験を受験し、ドラ息子を希望する大学へと進学させ、その見返りとして報酬を得るのがラメッシュの仕事となっています。

今回、ラメッシュが替え玉を引き受けたのはサクセナ家のドラ息子ルドラクシュ(ルディ)でした。条件は全国共通試験で1万位以内に入る成績をとること。この試験で1万位以内に入れば将来は安泰といわれているのです。ラメッシュはこの条件で依頼を受け、全国共通試験をルディになりすまして受験します。

ところが、ここで事件が起きます。なんとルディ(の替え玉ラメッシュ)は、全国共通試験でトップの成績をとってしまったです。このことで、ルディとラメッシュの人生は大きく変化します。ルディは一躍ときの人となり、彼には全インド中の注目が集まるようになります。ルディは、一夜にしてすべてを我が物にできるスターの椅子を手に入れたのです。ラメッシュは、ルディのマネージャーとなり、彼自身も莫大な稼ぎを得る立場となります。

物語の前半部分では、ラメッシュがルディの替え玉として試験を受けて、望外にも全国トップの成績を獲得したことから始まる騒動の出発点を描くのと並行して、なぜ試験で全国トップの成績がとれるラメッシュが替え玉受験という違法行為を生業とするようになったのか、その生い立ちが並行して描かれます。チャイ屋台を営む暴力的な父親と暮らしてきたラメッシュ少年が、どのような経緯で学問を身に着けたのか。クレアという修道女と出会い、学びの機会を得た少年にどのような試練が待ち受けていたのかといった成長と苦悩の日々が描かれます。

一夜にしてスターとなったルディは、彼を冠とするクイズ番組を任されるようになり、さらに国民的スターへとなりあがっていきます。ですが、その番組の中で起こしたある出来事をきっかけにしてルディとラメッシュは大きなトラブルへと巻き込まれていくことになります。

後半に入り、ルディとラメッシュが何者かに誘拐され、身代金要求を渋ったテレビ局への報復としてラメッシュの指が切り落とされ、さらにルディとラメッシュが別の誘拐事件を引き起こし、さらにさらにまた別の誘拐事件へと発展し、ついには全国を巻き込んだ騒動へと拡大していくストーリー展開は圧倒的です。後半は、途中で読むのをやめることができないくらいに展開が目まぐるしく、まさにジェットコースター小説という表現がぴったりではないと思います。エンターテインメント小説としての醍醐味を存分に味わえる作品だと思います。

そうしたドタバタしたストーリーの中で、ルディという若者の本当の姿が少しずつ明らかになっていきます。金持ちのドラ息子として登場したルディですが、ラメッシュが替え玉として全国トップとなり、自分が注目されるようになると、お決まりのように傲慢になり、ドラッグに手を出したりするようになります。ですが、テレビの冠番組を持ち、全国的なスターになってからのルディは、ドラ息子として登場したときとは違う若者に変化していきます。そして、誘拐事件に巻き込まれたことで、より一層自分の意志を持って行動できる強い人物へと成長していくのです。金持ちの息子として甘やかされて育てられたルディが、自らの意思に反して注目される立場となり、そのことに実は不安と苦悩を心のうちに抱えていく。そこから事件を契機にして強さを身に着けていく。そこも「ガラム・マサラ」という作品の魅力と言えるかもしれません。

書店の店頭で本書を見つけたとき、「インド発の小説だからって『ガラム・マサラ』というタイトルは安直じゃないか?」と思ってしまったのですが、読み終わった今となっては最初にそんなことを安直に考えてしまった自分を反省しています。(巻末の解説によれば、もともと著者が考えていた最初のタイトルが「ガラム・マサラ」だったとのこと)

本書の帯には、「北欧、華文、韓国の次はインド・ミステリーの時代だ」との惹句があります。この惹句のとおりインド・ミステリーのブームが訪れるかは未知数ですが、英米以外の世界各国の小説が読めることの幸福を読者としてはひしひしと感じています。今後もインドに限らず世界中の面白い作品が翻訳されるといいなと思っています。(ちなみに本書は英語で書かれたそうです)