物語は異様な光景から始まる。
10歳の少女メラニーは、隔離された施設で独房に暮らしている。他にも同じような子どもたちが、それぞれ独房に暮らす。メラニーたちは常に監視されている。彼女たちが独房を出るときは、頑丈な車椅子に両手足と頭を固定され、身動きができないように拘束される。なぜなら、彼女たちは〈飢えた奴ら(ハングリーズ)〉だからだ。
M・R・ケアリー「パンドラの少女」は、人類崩壊後の世界を描くディストピア小説だ。人間に寄生する謎の病原体によって〈大崩壊〉が起きた後の世界。わずかに生き残った人間たちと、病原体に寄生され身体を乗っ取られた〈飢えた奴ら〉、そして〈廃品漁り(ジャンカーズ)〉と呼ばれる集団が互いに生き残るための戦いを繰り広げる世界。それが、この作品の舞台となる世界だ。
メラニーたちは病原体の謎を解明するための貴重な実験体として隔離された施設に収容されている。パークス軍曹をリーダーとする軍人たちが彼女たちを監視し、ドクター・コールドウェルによって研究が進められている。ヘレン・ジャスティノーは、メラニーたちの教育係で、彼女は〈飢えた奴ら〉でありながら、人間らしさを残し、知性を有するメラニーに愛情を感じている。
〈飢えた奴ら〉は、生ける屍だ。病原体によってすでに人間としての命は失われていて、病原体の生命維持装置としてその身体が利用されている。知性は完全に失われ、人間や動物を捕食して生きている。その中にあって、メラニーという少女は異質な存在だ。彼女には知性があり、言葉を話し、物事を考える能力がある。〈飢えた奴ら〉や〈廃品漁り〉の襲撃で隔離施設を破壊され、ビーコンと呼ばれる本部を目指して移動することになったパークス軍曹、ギャラガー一等兵、ドクター・コールドウェル、ミス・ジャスティノー、メラニーの5人は、メラニーが〈飢えた奴ら〉としての本能を覚醒する不安に怯えながら、次第に彼女の能力を頼り、信頼を増していく。ただひとり、自らの科学者としての名誉のためにメラニーを実験体としてしか見られないドクター・コールドウェルを除いて。
この物語は、人類社会が崩壊した後の世界を描くディストピア小説であり、生ける屍と化した〈飢えた奴ら〉との戦いを描くゾンビ小説であり、5人が互いに反発し合い警戒し合いながら長い道のりを旅するロードノベルであり、と多様な要素が盛り込まれたエンターテインメントである。「マッドマックス」と「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を足して、2で割らずにそのまま混ぜ込んだような作品になっている。
終盤に待ち受ける崩壊した街でメラニーたちが目撃し経験する現実は、フィクションでありながら背筋が寒くなるような恐怖を感じるとともに、前述した作品のエンタメ性を強調する場面であろう。私自身、下巻に入って終盤の展開部分は一気読みしてしまった。ラストは、人類にとっては絶望を感じさせる終わり方かもしれない。それでも、メラニーという奇跡が違う形の未来を見せてくれるのではないかという希望も感じさせる。
ひとりのまだ幼い〈飢えた奴ら〉が生み出す奇跡をいつか見せて欲しいと願う。
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