タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「破果」ク・ビョンモ/小山内園子訳/岩波書店-65歳、女殺し屋“爪角”。ただカッコいいだけではない、その生き様。

 

 

ク・ビョンモ「破果」は、65歳の女殺し屋“爪角”(チョガク)を主人公とするノワール小説である。彼女は、その道45年のベテラン。長年にわたって冷静に彼女たちが『防疫』と呼ぶ殺し屋稼業をこなしてきた。だが、寄る年波には勝てぬもの。年齢を重ねていく中で、彼女は肉体的にも感情的にも自分の衰えを感じている。彼女が、『防疫』の帰りに衝動と気まぐれから捨て犬だった“無用”(ムヨン)を拾って飼うようになったのだって、年齢を重ねたことから生じる気持ちの揺らぎがあったのかもしれない。そして、無用の餌や水を交換し忘れてしまったり、トレーニングのために家を出てから、今度は忘れずに餌を出してきただろうかと不安になるのも年相応のことだ。

爪角が日々感じる“老い”は、ある程度の年齢に差し掛かってきた人ならば誰でも経験することだろう。私もアラフィフ世代となり、日々自らの老いと向き合っている。忘れっぽくなったり、身体が思うように動かなかったり、そんなことは当たり前に起きる。むしろ、爪角のように厳しい世界で現役で活動している65歳は見習うべき存在だったりする。殺し屋という稼業は置いておくとしても。

年齢的な面で爪角がもうひとつ直面しているのが、稼業からの引退だ。それは、彼女自身の意思ではなく、組織からつきつけられる引退勧告。「破果」に描かれる防疫の世界は、殺し屋稼業という非現実的な世界でありながら、その内実はかなり現代社会の構造をリアルに描いている。同業他社との競争や若手の台頭など、一般の企業で起きているような世知辛い事柄が防疫の世界でも起きている。爪角もいつ組織から引退を勧告されてもおかしくない。若手の殺し屋からすれば、彼女は“老害”ということにもなる。

中でも、“トゥ”という若い殺し屋は、爪角に対して妙に突っかかるフシがある。爪角は、なぜトゥが彼女に当たりが強いのかまったく見当もつかない。彼の態度を苦々しく思い、ときに痛めつけてやりたいと思うこともあるが、組織内で同業者が対立するのは本意ではない。第一、トゥは爪角からみれば腕は確かかもしれないがまだまだ若造だ。いざとなれば負ける気もしない。

なぜトゥがこれほど執拗に爪角に絡んでいくのか。その謎は本書の中で描かれる爪角の防疫のエピソードで明らかになる。数え切れないほどこなしてきた防疫の仕事の中の、ほんのわずかな接点。その接点をして、トゥは爪角を敵対視する。そして、物語のラストにふたりは文字通り命をかけた大勝負を繰り広げることになる。

自らの老いと戦いながら懸命に生きるひとりの女殺し屋。その姿は、ときに醜く、ときに弱々しく、ときに痛々しくも感じる。しかし、それ以上に、老いてなお戦い続ける姿は力強さやカッコよさを強く感じさせる。読んでいる最中、そして読み終えた直後は、この女殺し屋“爪角”の生き様に魅了され、ただただ「カッコいい!」と興奮していた。こうして、少し時間が経過した今、読了直後の興奮はまだまだ冷めやってはいないが、少しずつ寂しさも感じるようになっている。

その寂しさは、爪角の生き様を通じて、将来まさに高齢者として生きていくことになる自分に対する不安なのかもしれない。自分は爪角みたいにカッコよく生きる老人になれるだろうか。