タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「サバイバー」チャック・パラニューク/池田真紀子訳/早川書房-墜落しつつある航空機のコックピットでひとり淡々と自らの波乱の半生を語る“僕”。狂信的なカルト教団やメディアの狂騒など現代社会を描き出すこの作品がまさか20年以上前に書かれたものとは...

 

 

物語は、ハイジャックされた航空機のコックピットから始まる。語り部となるのはハイジャック犯である“僕”。“僕”は、この航空機をハイジャックし、すべての乗客乗員を解放した後、たったひとりコックピットに残り、ブラックボックスに向かって自らの半生を語る。航空機は、燃料も尽き、エンジンも停止していて、今まさに墜落しようとしている。“僕”の命は航空機とともに失われようとしている。それを踏まえて、本書は第47章から始まり第1章に向かってカウントダウンしていく。ページ数も443ページから始まり1ページまでカウントダウンしていく。カウントダウンは、“僕”の命が尽きるまでのカウントダウンである。

“僕”は、カルト教団信者の家庭に生まれた。次男として生まれた“僕”は教会の教義に従って17歳でコミュニティの外に出る。彼らの教団では、長男のみがコミュニティ内で妻を娶りコミュニティ内に留まることができる。外の世界に出た“僕”は、カルト教団の息子として周囲から偏見の目で見られるが、彼がコミュニティで虐げられたわけでも苦しめられていたわけでもないと知ると、あからさまにがっかりした顔をする。

“僕”は、ハウスクリーニングサービス員として働いている。そして、ひょんな偶然から誤って広まってしまった彼の電話にかかってくる悩み相談を受ける。

“僕”が17歳でコミュニティの外に出たあと、教団の信者たちはその戒律に次々と自らの命を絶つ。

クリード教会の信者たるもの、神に喚ばれたと感じたら、歓喜せよ。世の終わりが迫れば祝い、すべてのクリード教会信徒は神の前に自らを捧げよ、アーメン。

全信徒がそれに続かなければならない。知った次の瞬間には天国に向けて脱出しなければならない。

“僕”は、教団の生き残りとして、警察やケースワーカーの監視対象として命を監視されている。教団の生き残りは彼を含め僅かになっている。

極端な思想のカルト教団。その生き残りである“僕”に群がるメディア。コミュニティの外で生きる“僕”に浴びせられる狂信者を見るような人々の蔑みの視線。航空機をハイジャックして自らの目的を果たそうとする“僕”の行動心理。1999年に書かれた作品でありながら、本書に描かれる世界はアメリ同時多発テロからカルト教団問題に至るまで、本書が書かれて以降の21世紀の歴史的な世相を予言したかのような物語となっている。このカルト小説が、2022年という時代に改訳して再刊されたことは、担当編集者の熱烈なチャック・パラニューク愛ゆえとはいえ、的確なタイミングだったのではないかと思う。