タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「兎の島」エルビラ・ナバロ/宮崎真紀訳/国書刊行会-日本初紹介のスペイン若手作家に奇想・ホラー短編集。読者をなんともいえない不可思議な世界へと誘う11篇の物語。

 

 

 

2022年のサッカーワールドカップ予選リーグで日本がスペインを2対1で撃破し、グループリーグ1位で決勝リーグに進んだ。同じグループのドイツにも勝利しており、優勝候補とされるヨーロッパの2カ国を破ったというのは歴史的快挙と言えるだろう。

さて、これ以上サッカーについては語れる知識のない“にわか”なので、この話はこの辺でやめて、本の話をしよう。エルビラ・ナバロ「兎の島」についてだ。

「兎の島」は、11篇が収録された短編集である。作者は2004年にマドリード市若手作家コンテストで最優秀賞を獲得し、2007年に長編「冬の街」で作家デビューした若手の女性作家。その後、いくつかの文学賞を受賞したスペイン期待の作家である。日本で紹介されるのは本書は初となる。

11篇の短編はいずれもいわゆる奇想小説であり、不思議なテイストの作品であったり、ホラーテイストの作品であったり、はたまた人間ドラマとしても読める作品もあったりする。どの作品も、読んでいて少しモヤッとするような、掴みどころのない印象があり、それは悪い意味ではなく、それぞれの作品と「兎の島」という短編集全体の魅力になっていると感じる。

収録作品は以下のとおり。

ヘラルドの手紙
ストリキニーネ
兎の島
後戻り
パリ近郊(ペリフェリー)
ミオトラグス
冥界様式建築に関する覚書
最上階の部屋
メモリアル
歯茎
占い師

改めて短編タイトルを並べてみると、そのタイトルの付け方のセンスがいいなと感じる。「ミオトラグス」や「冥界様式建築に関する覚書」は、そのタイトルからはいったいどんな物語なのか想像もつかないし、「ストリキニーネ」や「歯茎」などは、なにかきっと恐ろしい物語が展開されるに違いないという気がして、タイトルだけでゾワゾワする感覚を覚える。そして、タイトルから感じさせるワクワクやドキドキ、ゾワゾワを実際に短編を読んでみて実際に感じることで、タイトルセンスの良さを実感することになる。

また、冒頭に「ヘラルドの手紙」という作品を置き、次に「ストリキニーネ」、「兎の島」と続く構成も上手い。「ヘラルドの手紙」は、男女の関係性を軸にした話で、奇想やホラーというよりも落ち着いたストーリーという印象を受ける物語である(かと言って安心して読めるかというと、これはこれで怖いのだが)。私自身、「ヘラルドの手紙」については、本書を読み始まる前の期待値もあって、ちょっとだけ「おや?」という印象を受けた。ところが、そこで気を抜いていると続く「ストリキニーネ」でガツンとした一撃を見舞われ、さらに表題作でもある「兎の島」で畳み込まれるような連続打撃を喰らわされる。そこからは一気にエルビラ・ナバロの描き出す各短編の世界線に取り込まれてしまう。私の場合は、最近特に遅読化が激しいので少しずつ読み進める形になったが、「ヘラルドの手紙」から「ストリキニーネ」、「兎の島」という流れに心を掴まれた読者の中には、ラストの「占い師」まで一気に読んでしまう人も出てくるのではないだろうか。(インパクトの強い作品ばかりでなく、合間に「パリ近郊」のような落ち着かせる作品が挟み込まれているのも上手い)

11篇のどれも奇想小説やホラー小説が好きな人にはオススメなのだが、ひとつあげるとするならやはり表題作「兎の島」である。

「兎の島」も、本書の帯に書かれている『川の中州で共食いを繰り返す異常繁殖した白兎たち』という惹句を意識して読み始めると、スタートは違った印象を受ける。主人公の“彼”が、カヌーで川へ漕ぎ出すのだが、この冒頭部分がなんとも人を喰ったような導入になっていて、読者をひとまず困惑させる。そこから“彼”は幾日も川でカヌーを漕ぎ、やがて中洲に上陸するようになる。その中州には、誰もよく知らない図鑑でも見つけられないような鳥が多数生息していて、その鳴き声に“彼”は悩まされる。そして、鳥対策として中洲に兎を放つのである。兎は鳥を食べ、やがて食べ物が不足してくると共食いを始めるようになり、ついには“食べるために子どもを産む”ようになる。その様子を観察していた“彼”がラストにどういう決断を下したのか。その決断の背景に冒頭の人を喰ったような導入部で記された内容が生きてくるのだが、その構成が実に上手い。共食いをする兎の存在はもちろん怖い。だがそれ以上に、その状況を作り出し、それを観察する“彼”という“人間”の存在こそが、「兎の島」という作品が含有する真の怖さなのである。

他の10篇も、「兎の島」と同等あるいはそれ以上に面白い。短編集は、収録順にこだわらず、自分が気になった作品、面白そうだと思った作品から読めるのが良いところなので、どこからでもまずは読んでみるのがいいと思う。

最後に、内容とはまったく関係ないが本書の装幀について書いておきたい。本書は、函入りで、本はしっとりと吸い付くようなマットな仕上げになっている、この仕上げは、ソフトマット仕上げなのだそうだ。とにかく肌触りがよくて、いつまでも触っていたくなる。兎が金の箔押しで印刷されているのも美しい。本書は、電子書籍版も発売されているが、多少値は張るけれどやはり紙の本でこの触り心地を味わってほしい。
(最後は内容ではなく装幀の話になってしまった笑)