タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「嫌いなら呼ぶなよ」綿矢りさ/河出書房新社-整形、SNS、不倫に老害、現代社会を巧みに切り取りエンタメに昇華させる作家の真骨頂

 

 

蹴りたい背中」で2003年に金原ひとみとともに第130回芥川賞を最年少受賞してから19年になるのかと思うと時代の流れを感じる。当時19歳だった綿矢りさも今やアラフォーである。

本書「嫌いなら呼ぶなよ」は、デビュー作「インストール」から数えて17冊目の単行本。4篇を収録した短編集である。

眼帯のミニーマウス
神田夕
嫌いなら呼ぶなよ
老は害でも若は輩

「眼帯のミニーマウス」は、整形がテーマの作品。主人公のりなは、とにかく自らをかわいく見せたい承認欲求のかたまりのような女性。化粧やネイル、かわいらしいファッションで全身を包み、インスタにアップしていいねを集める。かわいくあるためとあらば整形もする。リアルに付き合いのある周囲からは一歩引かれていたり陰口を囁かれていたり、イジメのような扱いを受けたりしているが、インスタで承認欲求が満たされればそれでいい。ただ、SNS上でも誹謗中傷のようなコメントを書き込まれたりしているのだが。

りなのように承認欲求に取り憑かれて自分を見失っている人は、男女を問わずSNS上に無数に存在している。自分の存在を肯定してもらうためにあらゆる努力を惜しまないが、第三者的にみるとやり過ぎとも思える過激さがあったりする。

あるとき、りなは整形していることが会社の同僚にバレてイジりのターゲットになる。それでも彼女はイジってくる周囲の人たちを内心で強く蔑みながら、むしろそのイジりを楽しむかのように振る舞う。そして究極のイジりに遭遇したとき、りなはついに周囲があからさまにドン引きするような突飛な行動に出るのである。それは、それまでりなというキャラクターにどこか眉をしかめて読んでいた読者が彼女の胆力を知り、見方を180度転換させて痛快ささえ感じさせるものだ。

「神田夕」は、大好きなYoutuber神田の推し活に余念のない“ぽやんちゃん”のニックネームで呼ばれる紗奈恵が主人公。Youtuber神田への愛ゆえに動画上がればまっさきにコメントする。ただ褒めるだけでなく、チャンネルをよくするためと考えて意見も書き込んだりする。とにかく熱心だ。だが、彼女の熱心な推し活にも関わらず神田はYoutubeTwitterだけでなくインスタやTilTokに手をだそうとする。

あるとき、働いている店の系列の居酒屋にYoutuber神田が来店していると聞きつけた彼女は、ヘルプを頼まれたフリをして居酒屋に行き、Youtuber神田の席を担当する。彼女が自分の熱心なファンとは知らぬ神田は、彼女の前で次々と彼女を落胆させるようなことをスタッフたちと話し出す。そしてついに、彼女は自分が神田やチャンネルスタッフからどのような存在と思われているかを知ってしまう。

匿名で発言できるSNSは、その自由さゆえに様々な利点を生み出す一方で、顔が見えないがゆえの安心感と気持ちの昂りから、受けた側からみると誹謗中傷と感じる強いキツイ発言が飛び交う場でもある。SNSがここまで発展する前は、ネットリテラシーという言葉をもって、インターネット上での発言を慎ましやかに節度をもって行うという流れもあったが、SNSの拡大がそういう民度もいつしか失わせてしまった感は否めない。「神田夕」はそういう時代を背景に、まさに現代社会を描いている。

表題作にもなっている「嫌いなら呼ぶなよ」は、妻の友人宅の新居祝いパーティーに参加した夫がその場で不倫について妻の友人たちから糾弾されるという話。ただ、この糾弾されるべき霜月という不倫夫がなんとも食えない男なのである。

かつて「不倫は文化」などという言葉が一世を風靡したことがあったが、霜月にしてみれば文化とは言わないまでも、自分がハンサムでもててしまうのだから仕方ないよねというニュアンス。そんな態度で糾弾の矢面に立っているから、口では申し訳ないやり直したいと言ったところで本心が透けてしまう。それが妻や友人たちを苛立たせる。

一方で読者としてみると糾弾している妻やその友人たち、また友人の威を借りて声高に主張するその夫たちも、霜月に負けず劣らず苛立たしいキャラとなっていると感じる。とにかく、出演する役者たちが揃いも揃って濃厚な存在感を示しているのである。読み終わるとなんとも言えない気分になるが、それがまた面白い。

ラストの「老は害で若は輩」は、アラフォーの小説家とライターのインタビュー原稿の直しを巡る不毛なメールでのやりとりに巻き込まれた若い編集者の物語。で、このアラフォーで老害の作家の名前が“綿矢りさ”という、自虐なのかと勘ぐりたくなる設定になっているのが妙技とも言える。頭の固いベテラン同士の間に挟まれて右往左往するしかない若手のいたたまれない感じや、自分の意見を意地でも曲げようとしない老害たちという、他の3篇と同様にキャラクターと設定と小説としてのストーリーや構成が巧みに練り込まれた作品となっている。

本書に収録されている4篇は、どれも現代社会で、誰もがなんらかの形で実際に経験したり、見聞したりしているテーマだと思う。私のような中年の、まさに老害と呼ばれる世代からすると、「老は害で若は輩」などを読むと、自分の言動が老害と思われるような言動になっていないかと不安になるし、若い読者は逆に作家とライターの板挟みになっている若手編集者の立場で共感する部分もあるかもしれない。また、「神田夕」のぽやんちゃんと自分を重ねて、SNS上での振る舞いを正当化したり反省したりする読者もあるだろう。

久しく読んでいなかった綿矢りさだったが、久しぶりに読んでみて、その作家としてのパワーがグンとレベルアップしていると感じた。その時代の空気や世相を巧みに盛り込んだ作品世界やストーリー展開、登場人物たちの造形と存在感、小説としての構成も面白いし、何より文章表現がすごい。芥川賞作家となると小難しい純文学と思われがちだが、本書に関してはとにかく面白いエンタメ小説という印象を受けた。面白い作家は年を重ねるごとに円熟味を増し、小説の面白さも増幅するのだなと感じる読書だった。