タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「死の自叙伝」金恵順/吉川凪訳/クオン-“死”をテーマにした49篇プラス1篇の詩は、私たちに人間を本質とは何かを問いかけているように思う

 

 

まだ死んでいないなんて恥ずかしくないのかと、毎年毎月、墓地や市場から声が湧きあがる国、無念な死がこれほど多い国で書く詩は、先に死んだ人たちの声になるしかないではないか。

「『死の自叙伝』あとがき」で著者の金恵順(キム・ヘスン)はそう書いている。

この詩集が刊行されたのは2016年。“死”をテーマとして49篇の詩が収録されていること、そして冒頭に引用したあとがきに書かれた著者の言葉から、この詩集に深い意味が込められていると強く感じる。

やはり思い起こされるのはセウォル号事件だ。明らかな人災により沈没した船で数多くの若い命が理不尽に奪われたあの事件は、韓国の人々に大きく深い傷を残した。それはおそらく、いつまでも消えることのない忘れることのない傷だ。韓国の文壇では、セウォル号事件の前後で作家たちの創作に対する意識や書くことに対する気持ちが大きく変化したとも聞く。

「死の自叙伝」は、2018年に英語に翻訳されていて、その際に「リズムの顔」という長い詩が加えられている。日本語版である本書には「リスムの顔」も収録されている。英訳版「死の自叙伝」は、カナダのグリフィン詩賞という文学賞を受賞しているが、このグリフィン詩賞は“詩壇のノーベル賞”と呼ばれる権威ある文学賞であり(制定されたのは2000年とのことなので歴史的には比較的浅い)、この賞をアジアの詩人として最初に受賞したのが金恵順の「死の自叙伝」となる。

49篇の詩は、すべて死をテーマとするものだが、そのテイストはバラエティにとんでいる。「出勤 一日目」と題する第一詩は、地下鉄の駅で突然意識を失った私の視点で描かれる。ひとりの人間がゆっくりと死に向かっていくその横を人々が足早に通り過ぎていく。荷物を剥ぎ取り、服を剥ぎ取り、携帯で死にゆく人の姿を写していく人々と死にゆく者との対比が描かれていく。

詩を読むということは、その向こう側やその裏側、書かれていない事柄に意識を向けることだと思う。書かれている情報が少なく観念的でもあるなかで、そこにどのような物語を感じるか。読者の想像力が必要とされるのが詩という文学だということを「死の自叙伝」を読んでみて思った。そして、良い詩人というのは読者に豊富な想像力を喚起させるのだということも強く感じた。

訳者はあとがきの最後にこう記している。

『死の自叙伝』には、金恵順の持ち味である奇抜なイメージ、スピード感、時にグロテスクである力強さが存分に発揮されている。

先述したように、49篇の詩はひとつひとつ個性的でバラエティ豊かな作品となっている。訳者が書いているようにグロテスクとも感じられる描写もある。しかし、グロテスクさであったり、残酷さであったり、ときには無機質であるということも、すべては人間の本質を示しているのではないだろうか。“死”というのは、どのような人間でも取り繕うことのできない本質的な部分をさらけだすことなのではないだろうか。「死の自叙伝」にある49篇プラス1篇の詩を味わうことで人間の本質とはなにかを改めて考えてしまった。