タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日」キース・トーマス/佐田千織訳/竹書房文庫-私たちが知っていた世界は、たった2ヶ月で終わった。世界から数十億人が消えた「上昇」と「終局」の記録

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2023年10月17日、天文学者のダリア・ミッチェル博士が、遥か遠い銀河系外から発信されている謎のパルスコードを観測した。それは、未知の生命体によって送信された信号であり、とてつもなく高度に暗号化されたコードであった。

本書は、ダリア・ミッチェル博士によって発見された謎のパルスコードによって我々が経験した『上昇』と『終局』について関係者の証言や当事者の手記、捜査記録などで構成するノンフィクションである。冒頭には、当時のアメリカ合衆国大統領であったヴァネッサ・バラードによる「序文」が掲載されている。

これは世界がどのように終わったかについての、口述記録(オーラルヒストリー)である。

「前書き」を著者はそう書き出している。本書の執筆には23ヶ月を要したと記した上で、わたしたちが知っていた世界はたった2ヶ月で終わったと続ける。

2023年10月17日にカリフォルニア大学サンタクルーズ校に勤務する天文学者ダリア・ミッチェル博士が発見した未知の生命体によって送信されたパルスコードは、過去に私たちが想像し、SF小説SF映画で描いてきたような地球外生命体とのファーストコンタクトのようなものではなかった。高度に暗号化されたパルスコードは、人間の脳をハッキングするトロイの木馬型ウィルスコードだった。このコードに感染した者は、重力波や紫外線、人間の体内に巣食う病原など、通常の人間には見えないはずのものが見えるようになるなどの能力を発揮するようになった。それが『上昇』であり、影響を受けた者は『上昇者』と呼ばれた。そして、『上昇者』の多くが命を落とした。この一連の出来事が『終局』である。

著者は、ダリア・ミッチェル博士が残した私的記録や当時のFBIや政府による聴取記録、『上昇』と『終局』という事態への対応にあたった政府関係者、『上昇』を目撃した人たちや出来事によって生じた混乱の渦中にした人たち、陰謀論を唱える組織の関係者へのインタビューを通じて、『上昇』と『終局』とはなんだったのか、私たちにどのような影響と変化をもたらしたのか、未知の不測の状況におかれたときに人間がどれほどに弱く愚かになるのかを事実として記していく。

全編を通じて、本書は事実を事実として記したノンフィクションとして書かれている。だが、本書はもちろんノンフィクションではない。近未来を舞台にしたSFである。現在からみて近未来である2023年に起きた出来事をさらに未来の2028年から振り返って記すという体裁で書かれているのだ。

本の作りも凝っている。「ダリル・ミッチェル博士の発見と異変」は実際の本書のタイトルだが、ページを開けると2028年刊行のノンフィクションである「「上昇」秘録-ひとりの女性の発見が、いかにして人類史上最大の出来事につながったか-」という表紙タイトルが目に飛び込んでくる。さらに2023年当時のアメリカ合衆国大統領による序文、著者による前書きを経て本文に入っていくと、作中にある多数の脚注や巻末にある謝辞、主要参考文献の一覧もすべて作り込んでいるのである。

作りとして凝っていることの方に意識がいってしまうからか、読んでいてSF小説としての面白さを強く感じるところまではいかなかった。ただ、それは私の側の問題であって、本書がつまらない小説だということではない。本書は地球外生命体とのファーストコンタクトSFであり、異星人の侵略SFになるが、これまでに読んできた同種のSF小説や映画では、エイリアンははっきりとした物体として登場していたが、本書では『優越者』と呼ばれる異星人は実体としては登場しない。ただ、地球外生命体から送信されてきたパルスコードがあるだけだ。異星人(本書では『優越者』と呼ばれる)がどのような目的でパルスコードを送ってきたのか、『優越者』がどのような運命をたどったのかは、本書に最後にあるダリア・ミッチェル博士から人類にあてた手紙の中で明かされる。なるほど、そう来たかと思った。個人的にはすごく新しいと感じた。