タカラ~ムの本棚

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「死に山 世界一不気味な遭難事故〈ディアトロフ峠事件〉の真相」ドニー・アイカー/安原和見訳/河出書房新社-半世紀もの間、謎とされてきた遭難死事件。長く解明できなかった事件の真相に著者はたどり着けるのか?

 

 

「あなたの国には、未解決の謎はひとつもないのですか」

1959年、旧ソ連ウラル山脈で起きた不可解な遭難事故。遭難した大学生トレッキンググループのリーダーだったイーゴリー・ディアトロフの名前から〈ディアトロフ峠〉と呼ばれるようになる場所で、9人の若者たちがおよそありえない状況で死亡しているのが発見される。9人は全員テントから離れた場所で、衣服もほとんど身に着けず、靴も履かず、ある者は頭蓋骨に致命的な傷を負い、ひとりの遺体からは舌がなくなっていた。一部の遺体の着衣からは、高濃度の放射線も検出されていた。いったい9人はどういう状況で遭難したのか。なぜ、不可解で凄惨な状況で死亡したのか。

〈ディアトロフ峠事件〉からおよそ半世紀。アメリカ人ドキュメンタリー監督でもある著者ドニー・アイカーは、この不可解な遭難死事件に興味を持ち、謎の解明を試みる。その記録が本書「死に山 世界一不気味な遭難事故〈ディアトロフ峠事件〉の真相」である。

冒頭に引用したのは、著者がディアトロフ峠で遭難死した9人と途中まで行動をともにしながら、自身は体調の悪化で途中離脱し生還したユーリ・ユーディンから投げかけられた言葉だ。事件から半世紀の間、生き残りであるユーリや、遭難死した9人の家族たちは、さまざまな好奇の目にさらされ、心無い興味本位の取材などにさらされてきた。だが、誰も9人の遭難事故の本当の原因、死因を解明することはできなかった。著者がわざわざアメリカからやってきたことに「またか」という気分になったのかもしれない。

捜査当局が最終報告の中で「未知の不可抗力」によって9人が死亡したとしたことで、〈ディアトロフ峠事件〉は50年以上解明されない謎として認知されるようになった。そして、さまざまな憶測が飛び交ってきた。核実験の放射能に巻き込まれたという説。現地住民に襲われたという説。雪崩に巻き込まれたという説。脱獄囚に襲撃されたという説。しかし、どの説も決定的なものではなく、謎は一向に解明されることはなかった。

著者は、事件当時の資料や記録を丹念に調べ、関係者の話を聞き、実際に現地に足を運び同じ時期にグループの足取りを辿る検証調査も行って、事件の真相を探っていく。著者が事件の調査を行う2010年パートと、ディアトロフグループの足取りを記録し、遺体捜索、捜査の様子を記録する1959年パートが交互に記される形で構成されていて、グループの9人が悲劇に向かって進んでいく緊張感と著者が謎の解明に向かって進んでいく緊張感が相まって後半に進むほどに先が気になって読み進めてしまう。

ここからはネタバレになるので、未読の方は注意してほしい。

 

 

事件の調査を進め、さまざまな可能性をひとつひとつ排除していった著者は、ひとつの自然現象にたどり着く。それは、“超低周波不可聴音”という現象だった。人間の耳では聴こえない超低周波音が、内耳を刺激しさらに脳を刺激する。すると人間は聴こえない音によって、重度の精神的や体調的なダメージを受け、場合によっては自殺の原因にもなるのだ。

低周波音という可能性を得た著者は、その専門家であるアメリカ海洋大気庁のドクター・ベダードにコンタクトをとり、ディアトロフ峠で超低周波音とカルマン渦という大気の流れが発生したことが事件発生の原因であるとの回答を得る。〈ディアトロフ峠事件〉の真相がついに解明されたのだ。

さまざまな憶測が飛び交い、長年にわたって解明を拒み続けてきた謎が、科学の力で明らかとなっていく展開は、謎解きミステリー小説を読んでいるような読み心地がある。実際著者も、最後の謎解きにおいては『シャーロック・ホームズの原則』(不可能を消去していけば、どんなに突拍子もなく見えたとしても、あとに残った可能性が真実のはずだ)にしたがって、いくつもの不可能を消去し、最終的に超低周波音とカルマン渦という自然現象が、9人のグループを襲い、異常な状況での遭難死へと追い込んだという真実を導き出した。

著者が真実を解明したことで、遭難死した9人の若者たちは浮かばれるだろうか。それは誰にもわからない。死者の魂をもてあそんだと批判する意見もあるかもしれないし、長く謎だった事件を解決したことを高く評価する意見もあるだろう。真実を明らかにすることが必ずしも正しいとは限らないかもしれないが、〈ディアトロフ峠事件〉については正しいことだったと私は考える。