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「恋する少年十字軍」早助よう子/河出書房新社-自然な唐突感と多彩な世界観。それが早助作品の魅力です。

 

 

昨年(2019年)「ジョン」(私家版)で名だたる作家、翻訳家、書店員、読者から熱烈歓迎された早助よう子さんの新刊が9月に河出書房新社から刊行された。それが本書「恋する少年十字軍」である。

本書には、表題作を含め7篇の短編とあとがき「中篇がわからない」が収録されている。

少女神曰く、「家の中には何かある」
恋する少年十字軍
犬猛る
ポイントカード
帰巣本能
非行少女モニカ
二つの幸運

「少女神曰く、「家の中には何かある」」と「二つの幸運」が書き下ろしで、その他は「文藝」や「文學界」に掲載されたものと、2020年に開催された『本屋博』内のイベント『早助よう子作品の魅力を語る』の参加者特典として配布された「帰巣本能」が収録されているのも嬉しいところだ。

早助作品を読んで思うのは、時間の流れの自然な唐突さだ。表題作になっている「恋する少年十字軍」で説明してみたい。

「恋する少年十字軍」では、主人公の“あなた”が仕事を失い、区役所の福祉課に抗議に行く。“あなた”は、福祉課の職員に、「私の仕事を返せ」と訴える。もとを正せば、“あなた”が仕事を失ったのは、“あなた”が都会の生活に見切りをつけて両親の住む故郷の家に帰ったからで、ただ“あなた”は田舎暮しの閉塞感に耐えきれず都会に舞い戻ってきた。その間に、“あなた”が行っていた仕事は他の人が行うようになっていたわけで、これはもう自業自得と言うものだ。

福祉課の職員は、区役所で大声でわめきたてる“あなた”に辟易とする。“あなた”と職員の噛み合わないやりとりが続く中で、自然で唐突な時間の経過があらわれる。

「大声を出さないでください。お願いします」
「仕事を返してくれないなら、もっと大声出してやる」
二時間経って、職員がカウンターから身を乗り出した。
「そこで、あなたは一体なにしてるんです?」職員があなたの頭上から尋ねた。あなたはカウンターに寄りかかり、ひざを抱えて座り込んでいた。

なんの変哲もない描写だが、ここの時間経過の展開がすごいと感じた。“あなた”は、区役所で散々わめき散らしたあげくに窓口カウンター前の床に2時間も座り込んでいたわけで、もし私のような平凡なレベルの書き手なら、この2時間の間に何らかの動きを書き込みたくなってしまう。だが、そうしてしまうと場面としてはくどくなる。そのバランスは、簡単なような難しいと思うのだ。そういう意味で、早助よう子はすごい書き手だなと感じるのである。

散々に喚き散らし、2時間以上もカウンター前に座り込んでいた“あなた”は、日が暮れて区役所を出ると夜道を歩きながら明日からの旅行について考える。

「オイ!」と突っ込みたくなる展開だ。「仕事を奪った!」「仕事を返せ!」と大騒ぎしておいて、翌日からは旅行に出る主人公。なんともイタイ人だ。で、このイタイ主人公は、友人の周子に会いに行き、そこで周子の子どもの面倒をみるハメになる。そして、当然のごとくゴタゴタに巻き込まれる。

早助作品は、それだけでひとつのジャンルとして確立しているのではないかと思うくらい、独特な世界観があるように思う。それも、かなり広くて果てしない世界だ。本書には7編の短編が収録されているわけだが、ファンタジー的な作品もあれば、歴史的な事実を背景にした作品もある。それぞれに早助よう子という作家のセンスが満ちている。小説のネタとしてはありきたりなものでも、書き手によって抜群に面白い作品に化けることがあるが、早助作品はまさにそれだ。だからこそ、名うての作家や翻訳家、書店員から支持されるのだと思う。

そんなセンスを持った書き手である早助よう子の長編を読んでみたいと思うが、どうも本人は短編が好きで、長い作品を書くのは苦手としているようだ。それは、「あとがき-中篇がわからない」にそう書いている。それでも、いつか早助よう子の長編小説が読みたいと思う読者は多いはずだ。いつかその日が来るだろうと思っている。

 

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