タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「一角獣殺人事件」カーター・ディクスン/田中潤司訳/国書刊行会-『世界探偵小説全集』の第4巻。鋭い角で突かれた死体。嵐の中、閉ざされた城の中で起きる殺人事件。王道の本格探偵小説。

 

 

『世界探偵小説全集』の第4巻。最近では「アンリ・バンコラン」シリーズが東京創元社から和爾桃子さんの新訳で刊行されているジョン・ディクスン・カーがカータ・ディクスン名義で発表したヘンリーメリヴェール卿(H.M卿)シリーズの一冊。

事件の語り手となるのは、元英国情報部員のケンウッド・ブレイク。休暇でパリを訪れていた彼は、カフェで情報部門のイヴリン・チェインと出会う。彼女は、ある任務に同行する情報部門と合流することになっていたのだが、ブレイクをその情報部門と勘違いしてしまった。だが、ブレイクは彼女の勘違いを訂正せず、さらに訂正するタイミングも逸してしまい、結果として事件に巻き込まれることになる。

イヴリンの任務は、オルレアンにある『盲人館』というホテルへ向かうことだった。理由は不明だが、ジョージ・ラムズデン卿が『一角獣』をロンドンに運ぶからで、フラマンドがそれを狙っているのだという。フラマンドは、フランス政府が何年も追いかけ回している怪盗で、フラマンド逮捕に執念を燃やすフランス警視庁のガスケ主任警部との決闘が話題となっているらしい。

勘違いされたままイヴリンと『盲人館』へ向かうブレイクだったが、途中でトラブルに遭遇して立ち往生してしまう。そこに、彼らを追いかけてきたH.Mが合流し、さらに故障で不時着した飛行機に乗っていたジョージ・ラムズデン卿たちも合流する。移動手段を失い途方に暮れる彼らは、ロアール河の畔に建つ『島の城』で一夜を明かすことになる。やがて、嵐のため『島の城』へ通じる橋が崩落し、一行は城主であるダンドリュー伯爵たちともども孤立した城に閉じ込められる。その閉ざされた場所で殺人事件が起きる。

本書は、ミステリー小説にあまり詳しくないので、ジョン・ディクスン・カー作品は読んだことがない。ただ、カーの作品の多くが翻訳されていて、作品に出てくる数々の密室トリックが有名なことは知っている。

「一角獣殺人事件」は、カータ・ディクスン名義で発表された作品だが、前述のとおりカー名義の作品も未読なので、翻訳されている彼の作品の中で本書は初読みということになる。内容は、“王道”と言ってよいのだろう、外部との交通、通信手段が失われて閉ざされた場所に集まったメンバーの中で殺人事件が発生し、居合わせた名探偵がその謎を解明するというミステリー。

本作のアクセントとなるのは、フランスを賑わす怪盗フラマンドと、フラマンド逮捕に執念を燃やすガスケ主任警部の存在だ。フランスを舞台にして、怪盗と怪盗逮捕に執念を燃やす警部といえば、いやでもアルセーヌ・ルパンとガニマール警部を連想する。私的には、ルパン三世と銭形警部の方がピンとくる。

外部との連絡手段を絶たれたメンバーの中にフラマンドとガスケもいるはずだが、彼らは変装の名人であり、誰もがフラマンドでありガスケでありえる。読者にとっては、語り手であるブレイクも疑惑の人物になるし、女性だからといってイヴリンがフラマンドやガスケの変装した姿ではないとも言い切れない。

フラマンドとガスケの対決という流れの中で、殺人事件は起きる。しかも、殺人を犯したあと犯人はこつ然と姿を消してしまうのだ。事件の瞬間は何人かの人物に目撃されており、逃走経路と思われる複数のルートには常に誰かがいて、彼らに姿を見られることなく現場を脱出することはできない。しかも、被害者は鋭い角のようなもので突き殺されていたが、その凶器が何かもわからず発見すらされていない。まさに不可能犯罪なのである。

この不可能犯罪の謎を解き、フラマンド逮捕に貢献するのが、H.Mことヘンリーメリヴェール卿である。H.Mは、アンリ・バンコラン、ギデオン・フェルと並ぶジョン・ディクスン・カー作品の探偵役らしい(Wikipediaでみた)。本作を読んだ印象として、H.Mは、“がさつなオジさん”という人物像が思い浮かぶ。大声でがなり散らすようにしゃべり、服装も少しだらしない感じなのだが、そのことを特に気にしているわけではない。ただ、外見はがさつでも頭脳は明晰で鋭い観察力を持ち、事件を解決に導いていくという感じだ。

探偵役のH.Mをはじめ、ケンウッド・ブレイクやジョージ・ラムズデン卿など主要なメンバーのキャラクター像がユニークに描かれていて、読んでいて楽しい。巻末に収録されている森英俊氏の解説では、密室研究所の著者でカーの大ファンというロバート・エイディー氏が、「『一角獣殺人事件』がカーのベスト本でないことはたしか」と評していることを紹介している(ただし、「妙に愛着を覚える作品」とも評している)。なるほど、他の作品と比較すると少し見劣りする作品になるのだろう。それでも、私のように初読みの読者からすれば、それなりに楽しい作品であったことは間違いない。

これまで読んできた『世界探偵小説全集』作品と同様、本書も刊行から25年が経過し新刊書店ではほぼ入手不可だと思う。東京創元社から文庫も出ているが(文庫版タイトル「一角獣の殺人」)、こちらも入手困難かと思うので、読んでみたい場合は図書館で借りてください。

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