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「第二の銃声」アントニイ・バークリー/西崎憲訳/国書刊行会-『世界探偵小説全集』の第2巻。全編にあふれるユーモアと終盤の二転三転する展開にハマった

 

 

「薔薇荘にて」に続く国書刊行会の『世界探偵小説全集』の第2巻。全集全体の中で最初に配本された作品となる。著者は、「毒入りチョコレート事件」などの作品で知られるアントニイ・バークリーで、原著は1930年に刊行された。ちなみに本書の刊行は1994年で、その後2011年に東京創元社から文庫化されている。

事件は、高名な探偵小説作家ジョン・ヒルヤード氏の邸宅があるミントン・ディープス農園で発生する。農園で行われたハウスパーティーの中で行われた素人劇の帰途に、招待客のひとりエリック・スコット-デイヴィス氏が死体となって発見されたのだ。エリックの死体が発見される直前には、少し間をおいて2発の銃声が聞こえていた。警察は、死体の第一発見者であるシリル・ピンカートン氏に疑いの目を向ける。警察だけでなく、ヒルヤード邸に滞在していた他の招待客もシリルがエリックを撃ち殺したと考えていた。このままでは自分が犯人にされてしまうと考えたシリルは、学生時代に付き合いのあったロジャー・シェリンガム氏に助けを求める。

「第二の銃声」は、「プロローグ」「ピンカートン氏の草稿」「エピローグ」で構成される。「プロローグ」では、事件を伝える新聞記事と事件を担当するデヴォンシャー警察のハンコック警視による報告書によって、事件の概要と警察がシリルをエリック殺害容疑者と考えていること、その疑いの根拠となるものとしてシリルが書いた『草稿』が発見されていることが記される。ここで、客観的な事実としての『殺人事件』の存在が読書に示されているということになる。

「ピンカートン氏の草稿」は、事件渦中の人物であり最重要容疑者であるシリル・ピンカートン氏が書いた事件の記録である。「第二の銃声 第一章」から「第二の銃声 第十六章」で構成され、シリル自身が語り手となって事件が発生するまでの経緯、事件の発生とその後の経緯、ロジャー・シェリンガム氏が登場して事件が解明されるまでの経緯が記される。

「エピローグ」は、事件から数年後にシリルが記したとされるもので、そこで改めて事件の真相が語られる。

シリルは、エリック殺害の最重要容疑者である。彼が嫌疑をかけられるに足る理由は彼自身の語りによって読者に示される。シリルやエリックたちがミントン・ディープス農園に集められた理由。エリック・スコット=デイヴィスが極めつけのゲス野郎であり、彼の死によって幸福を得る人物たちがほとんどであること。それゆえに誰もがシリルがエリックを撃ち殺したと考えており、彼の行為を称賛し感謝している。シリルは、自分は無実であり、エリックを殺した犯人は別にいると主張するが、彼が声高に主張するほど周囲の感謝の度合いが増していくという悪循環になる。その様子がユーモラスで、笑いを誘う。

ロジャー・シェリンガムの登場で事件は真相解明に向けて動き出す。だが、シェリンガムに対してシリルは不思議な要求をする。彼は、自分が無事であることは証明したいが、別の誰かが有罪という犠牲にしたくないと言う。

自分の無実は証明したいが、他の誰かが有罪になることは避けたい。実におかしな要求である。シェリンガムはもちろん、読者もこの要求には違和感を覚える。

真犯人を見つけなくてもいいのか? と問うシェリンガムにシリルは、見つけてもいいが警察には言うなと要求する。なぜなら、誰もがエリックを撃ったことは称賛すべきことと思っているからで、エリックを撃ったことで誰も苦しんでほしくないからだと言う。

シリルの不可思議な要求を受け入れ、シェリンガムは事件の真相解明に着手する。そして、実にアクロバティックな展開でシリルの無実を証明してみせる。シェリンガムがたどり着いた事件の真相とはなにか。ある意味で納得であり、やはりある意味で煙に巻く結論であるとだけ記しておこうと思う。

ただ、物語はそこで終わりではない。さらに「エピローグ」で読者は混乱に底の底に突き落とされる。そして、本書がアントニイ・バークリーにとって『実験小説』であったことに気づかされるだろう。

「世界探偵小説全集」第2巻を読み終えた。まだまだ先は長いが、「薔薇荘にて」も「第二の銃声」も全集に選書されるだけあって面白くて読み応えの作品だった。第3巻以降も楽しみだ。

 

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